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2010年2月26日 (金)

BUD BOY「春待夜」〜東大寺修二会・幻想〜 ①

「御大花将どの、一緒に春を迎えに行かないかい?」
 突然、屈託のない笑顔を向けられ蕾はたじろいだ。
 天界・聖仙郷は華郷苑の花の帝 錦花仙帝を母とし、風の覇王 玉風大帝を父とする蕾は幼いながらに天界花士軍全軍を指揮する総大将、御大花将の位にあった。そして今傍らにいたのは、天界を統べ賜う神扇山の主、永林樹帝の第八皇子にして春の宰主、東皇使 東雲であった。
 春を迎えに・・・。そんなことを幼馴染みでもある東雲に改めて言われると、ついつい身構えてしまう。しかし己にも全く関係のないことではないだけに、ほのかに興味を抱いた蕾は、不本意ながら東雲とともに春を迎える準備に勤しむ古都、奈良を訪れていた。
 三月も上旬を過ぎ、暖かな中にもまだまだ厳しい寒さの残る南都の地に、ひと目春を呼ぶ行事を見ようと、各地から沢山の観光客がやって来ては、春間近の古都を賑わしていた。
 奈良市の東部、東大寺大仏殿より北東に位置する場所に目的の二月堂はあった。
 三月一日より始まる本業、一般的に「お水取り」として知られる東大寺修二会の法要は十一面観世音菩薩を本尊とし、「天下泰平」「五穀豊穣」「万民快楽」などを願って祈りを捧げ、練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれる十一名の僧侶達が自らの罪障は無論のこと、他の全ての人々の罪過も代わって懺悔し、その上で観 音様に人々の幸福をお願いする。これは「修二会」の中の一つの行事であり、正式には「十一面悔過(じゅういちめんけか)」と呼ばれる。前行、本行をあわせて一ヶ月、準備期間を加えれば三ヶ月間にも及ぶ大きな法要に、これが終われば大和路に春が訪れると言われている。
 そんな春を呼ぶ行事がこの時期奈良で行われるのは全国的にも有名である。

 大きな斜面に建つ懸崖造りの二月堂を遠巻きに眺める二人の表情は、春を待つ人々と同じに和やかであったはずだった。しかし辺りに立ちこめるわずかばかりの邪気を感じ、ほんの少し眉をひそめずにはおられなかった。
「これは一体・・・」
 祭事の最中、わずかとは言え邪気が漂うこの地に違和感をおぼえ、東雲は身にまとっている高校の制服の地味さとは裏腹な端正な顔を更に歪めた。
「これだけの人間が集まっているのだ、少々邪気があったとておかしくはなかろう」
 一見、育ちの良さそうな不良中学生を思わせる蕾が腕を組みながら、不安げな表情を見せる東雲に当たり前のように答えた。確かに邪気の全くない人間などあり得なかった。ましてや不特定多数、多い日では三万人もの人々がこの地を訪れるのだ。聖なる行法とは言え、全てを清めきれるはずもなかった。しかし妙な胸騒ぎをおぼ えた東雲は、そんな蕾の言葉も上の空で、ただこの祭事が無事に終わってくれることだけを願うのであった。
 この日は修二会も十二日目で、今夜は十一本の籠松明が上堂し回廊を走る。その巨大な籠松明をひと目見ようと、明るい内から場所取りが始まり、大仏殿の辺りから人波が続き、二月堂はとんでもない人混みであった。
「蕾・・・」
 さり気なく蕾の手を取り、人混みの中を逆らいながらなんとか波から逃れ、移動する人々をゆっくりと伺える場所にたどり着いた。
「・・・いつまで握っている!」
 横目で睨まれ、東雲は慌ててつないでいた手を離した。
「あ・・・ごめん。きみが迷子にならないようにと思って」
 小さく笑う東雲にたちまち蕾の顔が赤面した。
「だーれが迷子になるか!」
 蕾は眉を吊り上げ、怒鳴った。
 こんな風にからかわれるのが蕾にはしゃくだった。すかした顔でいつも自分を子供扱いするこの幼なじみが蕾は大嫌いだった。しかし気がつけば彼はいつも自分のそばにいた。そして無謀で乱暴極まりない自分を絶えず心配そうに窺っていた。今も天界一の武将である自分に対してまるで小さな子供を庇護する保護者のような眼差 しを向けられ、ムカムカと怒りのようなものが込み上げてくるのがわかった。そしてそんな蕾を察し、東雲は苦笑した。
「笑うな!」
 心底イヤな奴だと蕾は怒鳴った。そして顔を真っ赤にしながら襟首に掴みかかった。
「いや、ち、違うんだ・・・」
 身を竦めながらも、今度は本当に蕾の仕草が可笑しくなって東雲は口を押さえ、小さく肩をゆらしながら笑った。
「あのなぁ!」
 さらに顔を真っ赤にし、拳を振り上げた時だった。ふいに何かの気配を感じ、蕾は振り返った。
「え?」
 緑のすき間をゆるやかに動いた影に蕾は眉をひそめた。そして確かめようと東雲を突き放すと、慌てて駆けだした。
「蕾!?」
 その様子に驚いた東雲がすぐさま後を追った。
 確かにここに居たはずなのに、と蕾は辺りをきょろきょろと見渡した。
「何?どうしたんだね、急に」
 訳がわからず蕾に尋ねるが、考えを巡らせているのか、なかなか東雲に答えようとはしなかった。
「花精が・・・」
 そして独り言のように呟いた。
「花精がいたんだ」
「!?花精だって?だけどこの辺りには花は咲いていないし、ましてやどこかに咲いていたとしても花精はその本体から離れては長くは生きてはいられない。何かの見間違いではないのかい?」
 東雲も辺りをキョロキョロと見渡し、どこにも花が咲いていないことを確認した。
「いや、確かに花精だった」
 その証拠に辺りには微かだが花気が漂っていた。
「こっちだ」
 ほんの少し尾の引く花気を頼りに、蕾は歩き出した。そして人気のない木々の鬱蒼とした場所にそれは佇んでいた。
「おまえ、花精か?」
 花精だと断言しながらも問わずにはいられなかった。
「あなた様は・・・?」
 それはゆっくり振り向くと、自分の姿が見える、高貴な気を纏った二人に応えた。
「オレは天界の御大花将。こいつは東皇使だ」
「天界の・・・御大・・花将・・さま?」
 小さく首を傾げる花精はどうやら御大花将や東皇使を知らないようであった。「そうだ。オレは天地の花々を恙なく咲かせる者。そしてこいつは地上に春をもたらすのか役目だ。お前は何者だ?」
 確認の意味を込めて蕾は再び問いかけた。
「私は、椿の精にございます」
 花精は静かに答えた。
「しかし今は花は咲いていまい」
 姿形は確かに椿の花精だった。しかし辺りには花はなく、故にそんな場所に花精が存在しているはずもなかった。
「・・・正確には試別火(ころべっか)に練行衆の手によって造られた造花の椿でございます」
「造花の花精だと!?」
 蕾は目を丸くした。造花の花精など、聞いたことがなかったからだ。
「し、東雲、これはどうゆうことだ」
 意味がわからず、目をぱちくりさせながら蕾は東雲に答えを求めた。
「う〜ん。私にもよくはわからないけど、造花の椿といえば、修二会の本業の準備として東大寺戒壇院の庫裡で二月二十日から二十五日まで行われる試別火・・・別火とは結界内で火打ち石で起こされた火を使用して、一般の生活の火とは隔離した火で生活することなんだけどね・・・、に練行衆が修二会での声明(しょうみょう) 、お経の稽古などをするほかに仏前を飾る南天や彼女の言う椿の造花を造ったりするんだよ。その椿は邪気を払うと言われているんだけど。しかし造花の花精とは・・・」
 東雲もいくらか驚いた様子であった。

To be continued

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