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2010年3月26日 (金)

万華鏡 ④

 蕾の宮から少し離れた合歓の花が咲き誇る丘陵に蕾はいた。蕾がどこにいようと、東雲には探し出す自信はあった。彼女のまとう芳しい花気がいつも東雲を導いてくれるからだ。
 蕾は膝を抱え、その膝の間に顔をすっぽりと埋め、泣いているように見えた。「つ、蕾・・・?」
 恐る恐る近づいてきた東雲を横目でチラと一瞥した。どうやら泣いているわけではなさそうだった。
「蕾、急にどうしたんだい、私はまた何か君を怒らせるような事をしたのかい?」
 少し腫れてきた左の頬を薫が用意してくれた濡れた布で押さえながら、聞いてみた。しかし返事はなかった。
「蕾・・・」
 かなり落ち込んでいるように思えた東雲は、蕾の肩にそっと手を置いた。とたんに強く払われた。
「薫に見られた・・・」
 蕾がボソッと呟いた。
「え?」
「あんなところを薫に見られた!」
『あんなところ・・・?まさか私が蕾を抱きしめたところ?薫どのに・・・?』 東雲はそこで初めて気が付いた。
「蕾・・・君、もしかして薫どののことを・・・?」 蕾は顔を真っ赤にさせた。
「ご、ごめんよ蕾・・・何も知らなくて・・・私は・・・」
 バツが悪そうに東雲は素直に謝った。しかしどこかやるせない。
「もういい!!」
 それ以上よけいなことを言うな、とばかりに蕾は怒鳴った。
「だけど蕾・・・」
 何か言わなければ、と必死に食いつこうとするが、拳を握りしめ構えられると東雲は両の手のひらをハタハタとふった。
「もう・・・いいんだ」
 今度は小さく、ため息混じりに呟いた。
 薫は蕾の教育係りであり、物心ついたころから彼に育てられたも同然だった。全ての花の香りを司る彼はまさに花の中の花だった。そしてたおやかで優しさと美しさを兼ねそなえた彼に恋しない仙女など居はしなかった。蕾も例外になく、薫を慕っていたに違いなかった。しかし、その薫にあんなところを見られ、ショックを受けてしまったようだった。
『ああ、私は君を傷つけてしまったんだね。剣で受けた傷は君が嫌がってもいつも私が癒してきた。だけど私が与えてしまった心の傷は・・・私に癒させて・・・癒せることができるのだろうか・・・』
 そんなことを思って落ち込んでいると、体が自然に動き、再び蕾を抱きしめていた。次の瞬間、「やば、殴られる!」と、身の縮まる思いがしたが、パンチは飛んでは来なかった。
「私は・・・私の大切なものを護りたいんだ。この体に秘められた能力がそのためにあるのなら、それで愛するものを護れるのなら、命をかけたっていいと思っている」
「蕾・・・」
 彼女の愛するもの、それは母でありこの花恭苑の主でもある錦花仙帝や密かに想いを寄せていた妙香花仙であると東雲は思った。たった一言だけで蕾の気持ちは手に取るようにわかっているつもりだった。自分の力が愛する者たちを護るためにあるのなら、命すらもいとわないという激しさ、思い、それは彼の中にも存在したからだった。
「お前といると落ち着く・・・」
 蕾はため息のように呟いた。確かに蕾は薫に心を寄せていた。しかし、それとは別な感情をこの幼馴染みに感じ始めていた。それはごく最近からなのか、それとも初めて会ったあの日からなのか、自分自身よくはわからなかった。だが、幼馴染みがそばにいると心が落ち着くことは事実だったし、心から安心できた。そんな感情の正体は何なのか、薫に対して抱く気持ちとどう違うのか、蕾にはまだわからなかった。
 ほんの少し蕾の体が東雲に傾いた。それを感じた東雲はさらに強く蕾を抱きしめた。合歓の花がはらはらと二人の頭上をやさしく舞っていた。
「・・・いつまでも抱きついてるんじゃなーいっ!!」
 このまま時間が止まってしまえば良いのに・・・と思いかけた時、罵声とともに再び左頬にパンチを食らい、東雲はひっくり返った。
 怒りと恥ずかしさ、どちらともつかぬ感情に顔を赤らめ、不覚を取った・・・とばかりに息を荒げ、蕾は体勢を立て直した。そして立ち去ろうとする蕾に東雲がすがるように呼び止めた。
「つ、蕾・・・さっきの花将の件なんだけど」
 蕾は振り向いた。
「君が約束してくれるなら、錦花仙帝様に話してもいいよ」
 頬をさすりながらゆっくりと上体を起こした。口の中が切れていた。
「約束?」
「ああ、傷を負ったら必ず私の所に来ること、そして何より無茶はしないこと。こんな約束、君がおとなしく守ってくれるとは思わないけど、それが嫌なら、私がいつも君を見ているから。君が無茶をしないように、怪我をしないように、私がずっとそばにいて見ているから・・・お願いだよ、蕾」
 「約束」というより「お願い」という感もしないことはないのだが、切なげな目で訴えられると、蕾は「否」とは言えず、「わかった」と小さくうなずいた。
 その後、東雲の一言により、錦花仙帝は蕾が花将となることを承諾したのは言うまでもない。実のところそれは神意でもあったのだが、錦花仙帝はあえて反対し、蕾の心を試していたに違いなかった。
 誰が止めたところで言うことを聞くような蕾ではない、ということを東雲も錦花仙帝もよく承知していた。もしかしたら蕾の体の中の風の気質が彼女を花将へと導いているのかもしれない、とも感じられた。そしてそれならそれで良い、とさえ思っていた。蕾が蕾らしくあるためならば・・・。

 それは蕾が次期御大花将に任命された数日後に起こった。
「蕾さまが、皇女さまが下界へ降りられた!?」
 突然の知らせに薫は右往左往していた。しかしその知らせを聞いた東雲は、何のためらいもなく、すぐさま蕾を追って下界へと向かったのだった。

To Be continued

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コメント

原作でも「蕾の初恋の人は薫!?」というお話がありましたもんね。

東雲さん、ちょっと切ないですねぇ…初恋の皇女公と婚約者になれたのに、その蕾は薫を慕っていたと知るのは…やはり、やるせない。でも頑張ってますね東雲さん、一生懸命。

合歓木って漢語で合昏とも書きますよね。合歓木自体は清楚な花だけど、合昏と書くとちょっと…色っぽく感じません??そう感じるのは私だけ?(笑)

投稿: 歩 | 2010年3月28日 (日) 06時46分

蕾の薫さんに対する思いは、ホントに淡い初恋なんですね。あの方が側にいて、恋心を抱かない女の子っていないと思うんです。だけども高嶺の花。蕾の場合はそうでもないんだろうけど、思いを伝えることは多分、難しかっただろうと思います。薫さん、鈍感そうだしcoldsweats01
でもこのことで蕾は吹っ切れたと思います。東雲さんに対する気持ちがどうゆうものなのか、薫さんに対する気持ちとどう違うのか、はっきりわかったと思います。なのでこれを機に二人の間は進展していくことでしょうhappy01heart04

「ねむ」ってそんな字もあったんですね。知らなかったです。合歓の花は生薬になって、精神安定や不眠解消に効果があるそうですよ。そう言えば、合歓の花精がでで来る話もあったわcatface

投稿: かりん | 2010年3月29日 (月) 11時39分

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