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2010年3月18日 (木)

万華鏡 ②

 ぜーはーぜーはーと真っ赤になりながら肩で大きく息をし、少し落ち着くと、東雲を強く睨みつけながら足先で器用に格子状になった椅子の背もたれ部分を引っかけ、起こすと座り直した。
 全く皇女らしからぬ動作に、これ以上何か言うと殴られるかも、という危惧に見舞われながらも、東雲はそんな蕾から目が離せなくなっていた。そして異常なまでの慌てぶりにこの方はもしや・・・と、東雲に仄かな期待を抱かせた花の皇女公は、テーブルに置かれたままの少し冷めたお茶を手に取るとぐいっと飲み干し、茶碗を ドンと叩きつけるように置き「帰る!」と席を立った。
「あ、皇女!」
 その後を慌てて東雲が追いかけた。
「次はいつお会いできますか?」
 すがるような、ほんの少し嬉しそうな笑みを浮かべる東雲に、何だか心の中を見透かされてしまったように感じた蕾は、再び顔を赤らめて目線をはずした。
「剣の稽古で忙しくて、そんな暇などない!」
「・・・は?あ、では文の返事はいただけますか?」「だーかーら、剣の稽古で忙しいと言っておろーが!それにあんな恥ずかしいもの書けるか!」
 蕾に怒鳴られ、戸惑う東雲になぜか蕾は慌てて付け足した。
「・・・読むだけなら読んでやっても良いぞ、お前の文・・・」
 普通そんな自分勝手なことを言われると、相手は憤慨するものだ。しかし東雲は喜ばずにはいられなかった。そして去り際、蕾が残した台詞は東雲を更に喜びの頂点へと押し上げたのだった。
「私のことは皇女とは呼ぶな。蕾、と名で呼べ。私もお前のことを東雲と呼ぶから」
 蕾は乗ってきた輿もお付きの者もお構いなしにすぃと空に舞い上がると、一人花恭苑へと飛び去った。その後ろ姿が見えなくなるまで東雲は幻を追うような眼差しで見つめ続けていた。『確かに皇女は私のことに気づいていた。私だけが皇女を見ていたのではなかったのだ』
 そのことを辛うじて知ることができ、東雲の胸は喜びでいっぱいになった。
「・・・しかし、剣の稽古ですって!?花の皇女公が!?」
 東雲はその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。

 何度目かの春がやってきても、東雲は花の皇女に毎日欠かさず文を送り続けていた。もちろん返事は一度たりとも帰って来たことはない。しかし錦花仙帝の計らいで、十日に二度、蕾は東雲の元を訪れさせられていた。が、もちろん気が向かない時はすっぽかすこともあった。二人が寄り添っている(ように見える)時、周りからはさぞやお似合いの二人に見えたことだろう。森の皇子と花の皇女、二人が並ぶとそれはそれは美しい光景が広がるように見えた。しかしそんな光景も幻だったのか、と思うほどに時折東雲に対し、殴る蹴るを繰り返す花の皇女を見ると、「何故森の皇子さまがあのような皇女と・・・」と同情を買ったりもする。しかし東雲 の真の心情を知るものは誰もいなかった。
 花恭苑内にある修練上では沢山の花将たちが己の技を磨くため、日々稽古に励んでいた。その中でもひときわ鮮やかな一角があった。御大花将を相手に、女だてらに見事な剣さばきを見せ、その動きは舞の如く、動作のひとつひとつに芳しい花気が尾を引き、周りの者たちを魅了していた。同じ年頃の武将、いや、並の武将であっては彼女の右に出る者はいなかっただろう。しかし、年老いたとはいえ、現御大花将にはかなわなかった。わずかなスキを衝かれ、蕾は剣を弾かれてしまった。
「くっ・・・」
 悔しそうに御大花将こと素白将軍を振り返り、キッと睨みつけた。
「まだまだ甘うござるな」 素白将軍は冷たく吐き捨てた。しかしその表情には蕾が何者であれ、容赦のない厳しさがあった。
「もう一度!」
 弾かれた剣を再び手にすると、蕾は花気をみなぎらせ、構えた。
「いやいや、何度やっても同じ事。それに姫皇女様にはご来客のご様子、今日はこの辺でおいて置かれよ」 それでも皇女に対する礼を軽く取ると、素白将軍は踵を返した。
「客だと?」
 振り返ると修練上の端に、心配そうな眼差しの東雲の姿があった。

「で、今日は何の用だ?」 蕾の自室に通された東雲は、蕾が椅子を勧めてくれないので、窓際に設えられた長椅子に勝手に腰を下ろした。それも当然である。剣の稽古を邪魔されたのだから。
 蕾が頭のてっぺんで髪を一つに結わえていた赤い紐をほどくと、絹糸の髪がサラサラと、東雲の目の前で誘っているかのように何度か揺れた。ふわりと漂う蕾の香りが、あっという間に東雲の思考能力を奪い、蕾に軽く頬を叩かれるまで、我を失っていた。
「おい、寝ているのか?」 眼前にずいと現れた蕾のアップに驚き、少し顔を逸らすと慌てて両肩を押さえ、軽く押し戻した。いや、本当は引き寄せたかったのだが、後のことを考えると、それはできなかった。
「おかしな奴だ。何か用があって来たのだろう?」
 蕾は当たり前のように東雲の横に腰を下ろした。
「いや、特にこれと言って用はないんだけど」
 稽古を終え、上気した体から発せられる蕾の花気は特に芳しく、東雲は平静を装うのに必死だった。
「はぁ?では何をしに来たのだ!?」
「許嫁どののお顔を拝しに・・・」
 東雲は蕾の方を見て小さく微笑んだ。
「ば、ばばばか者!」
 未だ「許嫁」という単語に慣れない蕾は、真っ赤になりながら、思わず両手で思い切り東雲を突き飛ばしていた。あまりの勢いに椅子からひっくり返った東雲はしこたま打ち付けた尾てい骨をさすりながら、再び蕾の隣に腰掛けた。
 再会のあの日より、いくつかの春を迎え、東雲は東皇使の位を戴く聡明で立派な青年に成長していた。蕾はというと、あの日以来変わらず・・・そう、ある時を境に成長を止められ、あの時と同じ麗しくも美しい少女のままの姿だった。
 蕾は花の帝、錦花仙帝の皇女であると同時に風の覇王、玉風大帝を父に持っていた。それ故見た目とは裏腹に、内に凄まじい能力(ちから)を秘め、次第にふくれあがっていく能力に身も心も圧迫され、体に異変をきたしはじめていた。それが暴発したことが一度だけあった。さいわい蕾の身体にも花恭苑にも大事はなかったのだ が、それ以来、ご神託に従い、蕾の能力は年齢を封印することで収められた。それ故蕾は今も少女の姿のまま、東雲の前にいた。
 そんな事実を知った東雲は、翌日蕾のもとに来ていた。この美しい花が、これから咲こうという時にこんな残酷な運命を与えるとは・・・。ぐったりと寝台に横たわる蕾を見つめ、どうしようもない思いを持て余し、東雲はただそっと蕾の手を握りしめた。

To Be continued

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