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2010年3月 9日 (火)

BUD BOY「春待夜」〜東大寺修二会・幻想〜 ④

「蕾っ・・・!?」
 全身からは気高くも鋭利な花気がみなぎり、全身をゆらゆらと陽炎のように包み込むと、手にしていた造花のはずの椿の花が生花のごとく生々しく輝いた。
 蕾はゆるやかに怪魔に躍りかかると、椿の花を数回、剣の切っ先のように翻した。閃きと同時に怪魔の体に幾筋もの光線が走り、シュウと音を立てていくつかの人面瘡が消え、祓濯された場所には火傷の痕のようなものが残った。
「ぬぅぅっ!」
 怒りに顔を歪ませた怪魔はぎょろりとした大きな目を飛び出すかと思うくらいにカッと見開いた。すると体中の人面瘡の口から黒い霧と化した邪気が大量に発せらた。
「蕾!」
 それは大きな一塊りになると一斉に蕾の方へと降り注いだ。
「神樹浄霧!」
 我を取り戻した東雲が守護の杖を出現させ、とっさに蕾を庇い、邪気はたちまち清浄な森林の気で浄化された。
「ぐうっ。かくなる上は二月堂もろともこの地を再び火の海に・・・!」
 分が悪いと悟ったのか、怪魔は今度は悔しさに顔を歪め、踵を返すと暗闇に紛れ込み二月堂へ向かおうとした。
「逃がすか!」
 ふわりと怪魔の前方に躍り出た蕾は再び椿の花を閃かせた。
「ぐあっ!」
 斜めに大きく走った閃光は、怪魔の体をそのまま二分した。
「花炎・・・」
 瞳を大きく見開き、蕾は手のひらに輝く花の炎を発火させた。
「祓濯っ!」
 それを怪魔目がけて投げつけると、たちまち怪魔は炎に包まれ、浄化の炎に苦しむ人面瘡の断末魔の悲鳴と共に闇の静寂に消えていった。

「東雲!」
 肩を押さえ、膝を突く東雲に、蕾は慌ててかけよった。
「大丈夫か、東雲!?」
「ああ、大丈夫。大した傷じゃないよ」
 またドジを踏んでしまったとばかりに、表情を強ばらせ、しかしそんな顔を見られたくなく、苦笑すると東雲は蕾の肩を甘んじて受けた。

 凍てつき澄んだ空に時折、二月堂に残った練行衆に進行を知らせるための法螺貝の音が響いた。
 厳粛な暗闇が篝火に照らされながら、役目を終えた練行衆たちが再び行列を組み二月堂へと戻っていく。何事もなかったように、何も知ることなく「水取り」は無事行われた。

「ほんとうに大丈夫か?」                                                           蕾の肩に寄りかかり、「水取り」を静に見守っていた東雲の体がかすかに震えているのを感じ、蕾は顔を覗き込んだ。
「ああ、ごめん。少し・・・ほんの少しだけ、このままでいさせておくれ」
 月明かりのせいか、少し青白い面の東雲の横顔に気づくと、いつもは強く突き放すところを怪我のことも考慮し、不本意ではあったが東雲の願いを聞き入れ、そのまま大人しくすることにした。
「・・・お前が何を悩んでいるのかは知らないが、あれは東皇使であるお前を惑わし、陥れるための奴の策略だ。気にすることはない」
 不器用な蕾の精一杯の励ましに、ほんの少しだが東雲の表情が、冬の寒さの中ほのかに陽光を受けた硬いつぼみがほころび始めるように和らいだ。
『いや、確かに私は迷いを持っている。それが何なのか、自分でもわからないけれど。そんな心の奥底の自分でも気付かない部分をあんな怪魔に気取られるなんて、私もまだまだ修行が足りないようだ。そしてそれを目の前に突きつけられたとき、己の心があれほどまでに動揺するとは思ってもいなかっただけに、ホントに焦ったよ。でも蕾、きみはほんとうに強いね。自らの境遇を呪うこともなく、何ものにも決して動じることもない・・・。そして、限りなく優しい・・・。そんなことを口に出したらきっとボコボコに殴られるんだろうけど・・・』
「優しい」と言われ、顔を真っ赤にして怒りまくる蕾の顔を思い浮かべ、東雲は小さく苦笑した。

「この後、達陀(だったん)の行法が行われるんだ。火天と水天をメインに八天たちがね、鈴や錫杖、法螺貝の音にあわせて踊るんだよ。火天は堂内で大松明を振り回し、その炎で人々の心の穢れや煩悩を焼き払うんだ。そして水天が新しいお香水で浄化する。それは新しい春の始まりのためでもあるんだ・・・」
 蕾に話して聞かせることで、東雲の表情は幾分穏やかさを取り戻しつつあった。
「明日の夜はフィナーレで明後日が満行だな・・・」                                           東雲の微かな笑顔に応えるように、蕾も呟いた。
 ふと気配を感じ振り向くと、茂みの中に、切ない笑顔を浮かべた椿の花精がこちらを見つめ立っていた。そして唇がなにやら小さく動くと、深々と頭を下げた。
 蕾はまだ明け切らない寒空を仰いだ。

 十四日十八時半、十本の松明がいっぺんに上堂し、欄干上に並んだ松明が激しく揺すられ、いっせいに走ると浄めの火の粉を振りまいた。人々の歓声と拍手の中、それはものの五分で終わった。
 去っていく人々の表情にはすでに「春」の痕跡があった。
「お水取りが終われば春が来る」と言われる大行事が滞りなく済み、安堵感と充実感が人々の心に春を呼ぶ。今年の春が人々の知らないところでもたらされたものであることは誰も知らない。しかし人々の「春」を願う想いが強ければ強いほど、この行事は「不退の行法」としてこれからも続いて行くに違いなかった。

「今日はいよいよ満行だね。二月堂で『達陀帽戴かせ』というのをやっているよ。なんでも達陀の行法で使われた蒙古の兜のような形をしたピカピカの金襴の帽子を幼児の頭に被せる行事でね、達陀帽を被った子供は健やかで賢い子に育つと言われているらしい。蕾、きみも被せてもらえ・・・ぶぁ!」
 言い終わる前に東雲は地面に沈んだ。
「つ、蕾ぃ〜」
 朝陽を受け、傷は癒えたとはいえ、怪我人の東雲を殴り倒し、素知らぬ顔で歩き始めた、そんな蕾を東雲は必死に追いかけ、その両肩を掴まえた。
「ったく、情けない声を出すな!」
 肩越しに振り返った顔が、仕方のない奴め、と少し優しそうに見えた。
「あのね、元興寺の近くに売り切れ御免の美味しいおそば屋さんがあるんだ。あと国立博物館の前には人気の釜飯屋さん。ねえ蕾、どちらに行く?」
 そんな蕾に応えるように東雲はいつもの笑顔で話しかけた。至近距離で見る東雲の笑顔は蕾には強烈すぎるのか、特にこの日の東雲の笑顔は「春」そのもののようなものだったので、蕾は無意識にそれを感じたのか、たちまち顔を赤面させると右手が動いていた。
「ひどいじゃないか〜、蕾〜」
 なぜぶたれなければいけないのか、あまりにも理不尽な行動に東雲は抗議した。
「っるさい!さっさと歩け!」
 さらに赤面する顔を見られまいと、蕾はすがる東雲を尻目にずんずんと先に進んでいった。
「つぼみぃ〜〜〜」
 東雲の嘆きは虚しくも晴れ渡る古都の空に消えていった。
『蕾、きみの中にも春は訪れただろうか。そして私はきみに春を贈ることができただろうか・・・』
 東雲は蕾の後ろ姿を静に目で追った。
 「迷い」は春の霞の中にとけるように消えていった。
「何をしている!そば屋に行くぞ!」
 思わず歩を止め立ちすくんでいた東雲に、蕾が振り返り大声で呼んだ。いつもの蕾の顔だった。東雲は小さく笑みを浮かべると、蕾に向かって歩を弾ませた。「じゃあ、お昼はおそばで夕飯は釜飯だね」
「おまえのおごりだぞ」
「ええっ!?」
「当然だ!」
 蕾の仕打ちに顔をしかめながらも、思い直すと自然と笑顔が戻った。そして満面の笑みを浮かべると、東雲は当たり前のように蕾の横に並び、共に歩き始めた。

 ほんの少し冷たい風が傍らを通り過ぎていく、春まだ浅い大和路の、そこだけがあたたかくやわらかな春の兆しを象徴しているかのようだった。

 ・・・せめて今は、ほんのひととき、きみと迎えた春を満喫しよう。

                                     END

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