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2010年3月 1日 (月)

BUD BOY「春待夜」〜東大寺修二会・幻想〜 ②

 造花の椿は奈良三銘椿のひとつである良弁椿を型どったものといわれ、練行衆によって二月二十三日「花ごしらえ」で造られる。赤と白染めの仙花紙を五枚花弁用に、黄染めの傘紙を芯として、五㎝程に切られたタロ(タラの木、俗に鳥とまらず)に貼り付け、四百個造られる。そして二月二十七日その造花を三種類に切り分けられた大小二十本の椿の木の枝に付けるのだ。                                                                          「私は、長年の・・・人々が春を待ち望む心から生まれた花精。沢山の人々の心が私にこのような姿を与えてくれました。故に私は人々の心そのものなのです」

花精の視線の先には二月堂に集まる人々の、楽しそうな表情が無数にあった。

「今回の修二会は今年で千二百五十四回目だそうだ。二月堂での修二会が始まって以来、二月堂そのものが火災にあった時も三月堂を使って勤められたというから、今日に至るまで一度も途絶えることなく続いてきたことになる。よって『不退の行法』とも称せられている。そんなこともあって、悔過の法要はもちろんのことだけど 、造花の椿に花精を宿らせるほど人々の春を待ち望む想いが強かったって言うことなのだろうね」
 少し合点がいったのか、東雲が花精に合わせるように話しを付け加えた。
「ですが今年の修二会は少し違いまする」
 花精は表情を曇らせ、俯き加減に呟いた。
「私が生まれたように、相反するものも生まれ、春を呼ぶ祭事を邪魔しようとしているのです」
「なんだって!?」
「悔過とは人間が生きる上で過去に犯してきた様々な過ちを本尊とする十一面観世音菩薩の前で発露(ほつろ)懺悔し、幸運を呼び込もうとすることでございます。しかし悔過しきれず、取り除けなかった人々の邪な心が、長い年月の間に積み重なり、ついには形を持つようになったのです」
「・・・とどのつまり、どうゆうことだ?」
 少し頭がこんがらかった蕾が、顔をしかめ、東雲の方をチラと見た。
「つまりは昇華しきれなかった人々の邪心が、形を持って災いを成そうとしているのだね」
 東雲の言葉に花精は小さく頷いた。
「本日、後夜(正確には十三日午前二時頃)閼伽井屋(あかいや)の若狭井(わかさい)からお香水(こうずい)が汲み上げられます」
「お水取りだね」
「はい。水取りは秘儀とされすべて暗闇の中で行われます。しかし暗闇の中には常に悪しきものが存在いたします。たとえそれが聖域であったとしても、それは人間の成すもの。完全ではございません。今では修二会全体を現す俗称を『お水取り』と呼んでいる人々にとってこの日の水取が済んでこそ、春が訪れるのだと信じてやみ ません。しかしそれが失敗に終われば・・・」
「春はやって来ない・・・と」
「はい。故に私はそうなることを阻止しなければなりません」
「・・・君が!?」
「私はそのために生まれたのですから・・・」
 顔を上げた花精の表情は凛としていた。しかし、人々の春を待ち望む心によって姿形を与えられた以上、その想いを護らねばならないと必死になる花精だったが、その無力さは東雲がみても明らかだった。
「無茶だ・・・」
「ですが・・・」
 東雲は意味ありげにチラリと蕾の方を見た。
「これは東皇使としては由々しき事態だね。花の憂いを晴らす御大花将の君としても放ってはおけないのではないかい?蕾」
 東雲に言われるまでもなかった。わざとらしい奴だと思いながらも、春を司る東皇使と天地の花々を護る御大花将としては黙って見過ごせるようなことでないのは明らかだった。
 蕾の瞳は精悍さを増し、すでに姿の見えぬ敵に向けられていた。
「後は私たちにおまかせなさい」
 蕾の様子を確認すると、東雲は花精に小さく微笑んだ。
「で、相手はどのような奴なのだ」
 じっと花精を見据える蕾に、花精は頭を小さく左右に振った。
「存在は感じるのです。ですが姿はまだ・・・」
「どこかに身を隠しているのか」
「人間の邪気の塊なのだからそこここに居てもおかしくはないのだが、逆に人が多すぎて雑多な気がその存在を隠しているのかもしれないね」
「だが今夜、確実にそいつは現れるだろう」
 現れるとすれば、その場所は自ずと限られる。

 時が経つにつれ、気温は低くなり、空には灰色の雲が広がりはじめていた。しばらくすると白い花びらのような雪が風に舞い、一層寒さを増した。それでも二月堂の周囲は熱気を帯び、人々の想いがわずかな雪すら退けているように見えた。

「これを・・・花将さま」 花精はひとつの椿の造花を蕾に手渡した。
「これは惣別火(そうべっか・二月二十五日〜末日まで)の期間、椿の木の枝に取り付ける折り、取り落としたものでございます。取り落とされた花は『塵』として使われることはございません。しかしそんな塵の椿にも練行衆や人々の想いは籠もっております。そして少なからず邪気を払う力を宿しております」
 蕾は差し出された一輪の椿を手に取った。
「花将さま、東皇使さま、どうかこの地に春をお導きくださいませ」
 花精は二人の前に深々と跪いた。

 夕方頃から空はすっかり灰色の雲に覆い尽くされ、大粒の雪が降り出し始めた。風も幾分強くなり、時折横殴りに人々に吹き付けた。しかし観光客達は今夜上堂する巨大な籠松明をひと目見ようとぞくぞくと二月堂に押し寄せていた。

「それにしてもえらい人出だな」
「そりゃそうだよ。今日は籠松明が上堂する日。観光客の中には、お松明行事はこの三月十二日だけと思いこんでいる人も多いらしい。それに上堂する時間も今日が四十五分間に対し、十四日の最終日は約五分、その他は約二十分間ということもあって、観光が今日に集中するんだよ。二月堂付近への入場規制や周辺の交通規制も実 施されてるみたいだよ」

 十九時三十分、鐘の音を合図に境内の明かりが消されると、童子が担ぐ籠松明の炎に先導された練行衆が、登廊の石段を踏みしめ、ゆっくりと二月堂へ現れた。この日上堂する松明は十一本。青竹の先端部を割って松の割り木を打ち込み、すき間に杉の葉を詰め込み、竹の皮を編んで球形に整え、檜の薄皮を花びらのように 外周に取り付け装飾された籠松明と呼ばれる、長さ約八メートル、重さ八十キロのものである。そして約四十五分をかけて「松明上堂」が始まる。
 ふいに歓声が上がった。見ると練行衆を導いていた籠松明が堂の舞台の欄干から突き出され、白い雪が舞う中、燃え盛る炎と大量の火の粉をまき散らしながら左から右に走っていった。
「あの火の粉を被ると一年間無病息災でいられるんだって」
 少し離れたところから松明上堂を見守っていた東雲が蕾に微笑みかけた。
「きみには無縁のことだけどね」
「一言多い!」
 何かにつけて構わずにはいられなくなる自分を自覚しながら、東雲は乱舞する炎にだぶる蕾の横顔をそれとは知られぬよう、ぼんやりと、切なげな瞳で見つめていた。
 下界には様々な春を呼ぶ行事が存在する。それは人々が心から春を待ち望み、迎えようとしている証でもあった。春の司である東雲は、それらが恙なく終わるのを見守り、必要であれば密かにそれを助け、地上に春をもたらすこともある。
 今回、そんな行事のひとつに蕾を誘ったのは、ただ蕾とともに同じ日、同じ時、同じ場所で同じ春を感じたかったがためであった。一件見た目がはるかに違う二人ではあったが確かに二人は同い年であった。放っておけばその身を滅ぼすほどの能力(ちから)を内に秘めていた蕾は、成長を止めることでその均衡を保っていた。本 来の姿に戻れる日がいつくるのか、本当にそんな日が来るのか、それは誰にもわからなかった。咲くことを封印された花・・・。それゆえに東雲は蕾に「春」をもたらしたかった。

「・・・め・・・東雲!」 耳元で怒鳴られ東雲ははっとなった。
「え?な、何?」
「何をぼーっとしている!今また籠松明が行ったのを見たのか!?」
「あ、ご、ごめん。ちょっと考え事をしていたから・・・」
 表情を曇らす東雲に、蕾はため息混じりに一瞥した。

To be continued

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