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2010年3月17日 (水)

万華鏡 ①

 それは、ほんの一瞬、瞬きを一度しただけの時間にすぎなかった・・・。

 父親代わりでもある五番目の兄に連れられ、花恭苑を訪れたのは、この日で二度目だった。桜の花びらがゆるゆると舞うここ花恭苑は錦仙殿、美しく可憐な花仙たちが集うこの麗しの地で、運命的な、いや、生まれる前から定められていた出会いに、彼は呆然としていた。
 いつだったか、一度だけ、それもほんの少しだけ垣間見た花の皇女公(ひめぎみ)の横顔に一瞬にして心を奪われたあの日、言いしれぬものが自分の心を支配するのを感じた。その時の皇女が今、自分のすぐ目の前に居るのである。白い肌、優しい風に揺れる柔らかそうな絹のような長い髪、うっすらと赤く染まる小さな唇。何より、先ほどから自分をまっすぐに見据える、少し怒ったような大きな瞳が印象的だった。
 今まで沢山の皇女たちを見たが、幼いながらもこれ程に凛々しく美しい皇女を見たことがあっただろうか。それは容姿だけではない、彼女のまとう何かが、発する何かが、あの日以来彼の心を捕らえて離さなかった。その後、何度か文を送ったのだが、不躾と思われたのか、返事が来ることはなかった。面識もない相手から貰う文に返事など書けるわけもないか、と半ば諦めかけ、しかし心のどこかで諦めきれずにいた矢先の出来事だった。
 突然の再会に彼は動揺し、そして歓喜していた。それ故周りの話など全く耳に入っておらず、目も心も花の皇女に釘付けになっていた。
「・・・め、・・東雲、聞いておるのか?」
 兄、上条宗司五百重の呼びかけに、ハッと我に返った東雲は、初めて目線を花の皇女から外した。その時だった。
「私は絶対に認めませぬ!そんな勝手なこと、絶対に認めませぬ!」
 和やかに進んでいると思われた話の中、皇女の怒りが頂点に達したのか、彼女は立ち上がると一気にまくし立てた。見かけからは想像できない激しさに、東雲は一瞬たじろぎ、きょとんとした。この皇女は何をこんなに怒っているのだろう、と。
「蕾、落ち着きなさい」
 蕾の横で、何にも動じない、ここ、花恭苑の主にして皇女の母でもある錦花仙帝が静かに叱咤した。
「これが落ち着いていられますか!なぜ私がこの者の許嫁だなどと・・・!」
 蕾は力一杯東雲を指さした。
「蕾、神扇山の皇子様に失礼ですよ」
 錦花仙帝はほんの少し、目を細めた。
「関係ありません!私が・・・一度しか会ったことのないこの者と、なぜ・・・母上、私は絶対に納得できませぬ!」
 再びまくし立てると、背後にあった牡丹の花模様の金屏風を穴の空くほどに蹴り倒した。
『なるほど、この皇女は一度しか会ったことのない私・・・ん?皇女は私のことを知っていたの?離れたところから見ていた私に気づいてた?え?まさか!それにこの皇女が許嫁?私の・・・!?』
 東雲がぐるぐると考えを巡らせている間にも、蕾はダダをこねる子供のように暴れ出し、ついには妙香花仙が蕾をその場から連れ出す始末となった。

「ふぅ、あれには困ったものです」
 やれやれ、と錦花仙帝はため息をついた。
「いやいや、姫皇女さまのおっしゃることもごもっともでございます。いきなり目通りさせられた初対面の相手が実は許嫁だなどと、反発するのも無理はありませぬ。この第八皇子はまんざらでもない様子ではありますが。これは少し時間をかけてゆっくりと見守るしかございませんでしょう」
 五百重はチラと弟皇子の方を見た。頬はうっすらと上気し、見開かれた瞳には、驚きと喜びの両方が同居していた。それを確認すると五百重は錦花仙帝に笑みを返した。
 そんなことがあって以来、東雲は前にもまして熱のこもった文を毎日蕾に、しかも朝夕届けさせた。しかしというか、やはりというか、返事は一度も来ることはなかった。
 一向に来ない返事に、一体自分の何がいけないのか、と思案する東雲に朗報が届いたのは再会から数十日経ってからのことだった。本日午後、蕾が東雲を訪ね、やって来るというのだ。慌てた東雲は女の子が好みそうなお茶や御菓子を急いで用意し、蕾の到着を今か今かと待った。そして待ちに待った彼の人が自室に通されたときの東雲の喜びようと言ったらまさにこの世の春を謳歌したという感であった。しかし蕾はといえば、錦泉殿で会った時と同じく、仏頂面で、東雲を睨みつけ、いかにも嫌々連れてこられましたと言わんばかりの様子だった。しかし東雲にとってはそんなことはどうでも良いことだった。
「母上が行け行けとあまりにもうるさいので来てやった。茶を飲んだらすぐに帰る」
 なんとも素っ気ない挨拶だったが、東雲は座るよう椅子を勧めた。
 どっかと椅子に座る姿は花の皇女にはあるまじき動作に思われた。美しい金糸銀糸の衣も泣いているような気にさえなった。肘掛けに肘を乗せ、その上に小さな白い顔を乗せ、そっぽを向く蕾に、東雲は、一気にお茶を飲み干し、「帰る」と言われたらどうしようかと内心少しドキドキしながらお茶と御菓子を勧めた。「あの・・・私の文は読んでいただいていますか?」 少しの沈黙の後、東雲はおずおずと切り出した。
「一応は目を通したが、難しすぎてよくわからなかった」
 チラと目線を東雲に向け、すぐそらした。
 再び沈黙が続いた。いざ面と向かって話をするとなると、何を話して良いのか、幼い東雲にはわからなかった。文なら毎日何通でも書けたものを。
「・・・これ、全部お前の本なのか?」
 ふと蕾が一方の壁一面の書棚を見て尋ねた。そこには百冊を越えるだろう、分厚い書巻がきれいに並べられていた。
「あ、ああ、そうです。もう全部読んでしまいましたけどね」
 ほんの少し自分に興味を示してくれたような気がした東雲は、顔をほころばせて答えた。
「ふ〜ん」
 と言いながら席を立つと、書巻のひとつを手に取り開いてみた。一目見ただけで眉間にしわを寄せ、押し込むように乱暴に棚に戻したものだからいくつかの書巻が雪崩を起こし、床にバタバタと音を立てて落ちた。
「ああ、大切な書巻が」
 慌てて拾い集め、棚に戻す東雲を蕾はほんの少し、そう、ごくごくほんの少し申し訳なさそうに眺めた。「お前、いつもこんな難しいものを読んでいるのか?私だったら頭がおかしくなるぞ」
 蕾の言葉には少しの同情が含まれていた。 
「ここにあるものはそれほど難しいものではありませんよ。私と同い年の皇女にも十分読めるものです。おもしろいものもいくつかあります。よろしかったらお貸ししましょうか?」
 勉学熱心な東雲にとって、そんな蕾の言葉はおかまいなく、これ幸いと書巻を選びはじめた。が、
「いらん!」
 と即答された。端から見れば書巻の貸し借りでまずは仲良く、という算段が手に取るようにわかるのだが、当の皇女はそんなことは微塵も察してはいないようだった。
 蕾は席に戻ると、書巻を片づける東雲の背に視線を向けつつ、小さな籠に盛られた色とりどりの綿雲を丸めたような小さな御菓子をひとつ、小さな口の中に収めた。ふんわりと甘い味が口中に広がった。
「で、お前はどう思っているのだ?」
 何の脈絡もなく尋ねられ、東雲は「え?」と振り返った。足を軽く組み、机に頬杖をつきながら、もうひとつ御菓子を口に放り込みながらこちらをじっと見ている蕾がいた。何か問いたげな瞳がとても愛らしく、幼いながらにも漂う花の色香は艶めかしく、東雲の胸を痛くした。
「どうって、何をでしょうか?」
 書巻を片づけ終わると、東雲は蕾の対面の席に腰を下ろした。
「何をって、こないだのことだ。・・・その、・・・お前と私が・・・あれだってこと!」
 蕾は少し照れくさそうに東雲から目線をそらして意味ありげに答えた。
「あれ?・・・ああ、私と皇女が生まれながらに許嫁と定められていたことですか?」
 許嫁、という単語に過敏になっているのか、蕾の頬がみるみる赤く染まった。それを見た東雲は、クスッと小さく笑い答えた。
「私は・・・良かったと思っています」
 東雲は静かに笑みを浮かべたまま当然のように答えた。
「良かった?それはどういう意味だ?初めて会った者を許嫁だと言われて、お前は、はいそうですかと納得するのか!?」
 不思議そうに蕾は問い返した。
「他の皇女ならそう思ったかもしれません。それに、皇女にお会いしたのは初めてではありません。前に一度、私は皇女のご尊顔を拝したことかあるのですよ。そう、離れた所から見ていたのできっと皇女は気づかれていないと思っていました。だけど先日花恭苑に赴きました際、皇女の何気ない言葉を聞いて皇女も私に気づい・・・」
「うわーーーーーーっ!!」
 言い終わらない内に、突然蕾が奇声を発し、勢いよく立ち上がった。その拍子に大きな音を立て椅子が倒れ、東雲はぎょっとした。

To Be continued

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コメント

相互リンク有難うございました!happy01

や~ん、初々しい東雲さんと蕾が可愛すぎる~~happy02 「理不尽」を彷彿とさせるような導入部の描写が良いですね!

初恋の皇女公が自分の許婚だと知らされた東雲さんといったらもう、全身が心臓になったかのように恋の血流が身体中を駆け巡ったのでしょうね。東雲さんの頬が上気しているところなんて原作では見られないおいしさ~~heart04

蕾の来訪を心待ちに女の子好みな菓子を用意する東雲さんがも~可愛くって!!lovely

>美しい金糸銀糸の衣も泣いているような気にさえなった。
この表現、最高ですね!

投稿: 歩 | 2010年3月17日 (水) 21時41分

東雲さん、もう舞い上がってますヽ(´▽`)/
そんな東雲さんのことをまんざらでもない風に思っている蕾。でも素直でないので毎度のことながら手や足が出てしまいます。それでも蕾のそばにいられるのが嬉しい東雲さんはなんて健気なんでしょうね~。

投稿: かりん | 2010年3月19日 (金) 14時26分

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