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2010年4月 1日 (木)

万華鏡 ⑦

 天界は花恭苑、蕾は自分の宮の部屋で目を覚ました。
「気分はどうだい?」
 声のする方を見ると優しく微笑む東雲がいた。
「東雲!無事だったのか!?・・つっ・・・!」
 東雲の無事な姿を見て、慌てて起きあがろうとすると腹部に鈍い痛みが走った。
「まだ無理をしてはいけないよ、傷は完全にはふさがっていないから」
 東雲はゆっくりと蕾の半身を起こすと、自分も寝台に腰掛け、蕾の背中を支えるように座らせた。
「おぼえているかい?露珈が現れたこと・・・」
 東雲の笑みは変わらなかった。
「ああ・・・」
 蕾は自分の左手を見つめながら小さく呟いた。まだうっすらと感触が残っていた。
「君が下界へ降りた本当の理由は誰にも言ってない。だから後で大目玉を食らうことになると思うけどね」 東雲は少し楽しそうに笑った。しかしそんな表情もすぐに神妙な面もちに変わった。
「露珈のことで君が悩んでいて、思いあまって下界へ降りてしまったこと、気付かなくってごめんよ。それに私のせいで君にこんな怪我を負わせてしまった」
 東雲は不甲斐ない自分を恥じていた。
「そんなことを言うな。これしきの傷、お前が治療したのならすぐに良くなる。それに露珈が現れたのはお前のおかげなんだから」
 蕾は右手で、包み込むようにそっと東雲の頬に触れた。その指の細さ、冷たさに東雲はドキリとした。
「え?」
 いつになく優しい表情と言葉をくれる蕾に、東雲はとまどった。
「自分勝手な感情だった・・・お前を・・・お前を護りたいと強く思った・・・私の命に換えてでも、と・・・」
 蕾の笑みはやわらかかった。
「蕾・・・」
「お前はいつも真っ直ぐに私を見ていてくれた。だけど私は・・・ずっと自分の心に素直になれなかった・・・」
 蕾は両手で東雲の顔を包み込んだ。
「だけどもう嘘をつくことはできない。東雲、私はお前を・・・」
 すぅっと近づく花の香りに一瞬息が止まった。そして微かに震える花びらが東雲に触れ、ゆっくりと離れていった。
「蕾・・・」
 東雲は一瞬呆然となった。

 いつの間にか辺りには甘美な香りが立ちこめていた。
「東雲・・・こっちだ」
 後方で蕾の声がした。
「!?」
 振り向くとそこには、白い肌も露わな蕾が両手を広げて東雲を呼んでいた。
「つ、蕾・・・?」
 その姿に少し頬を染めながらも、東雲の足は一歩、前へ出ていた。
 どこからともなく脳髄をくすぐるような妙なる楽の音も聞こえてくる。抗いがたい香りと楽の音、そして麗しい蕾の姿。
 今すぐにでも抱きしめたい、自分のものにしてしまいたい。心の奥底の願望を達成させたい・・・。そんな欲望が次々に東雲の心を支配していった。
「東雲・・・」
 蕾の柔らかいふくらみが手に触れた。

『そう、それで良い・・・。それで皇女はそなただけのもの・・・。お前の欲望のまま誰にも邪魔されることなく、こちらの世界で過ごすがよい』
 なんとも魅惑的な言葉に東雲は思考することを忘れかけていた。
「東雲・・・あぁ・・・東雲・・・」
 目の前の蕾が体を預け、自分の名を楽の音のような声で呼んでいる。
「私は・・・」
 東雲は朦朧とする意識の中、自分の腕の中で小さく身を震わす蕾をじっとみつめた。蕾も大きな瞳で見つめ返している。そしてその瞳の中に映るものは・・・。

「・・の・め・・しの・・・め・・・!東・・雲・・・東雲!!」
 甘い香り、麗しい思い人に意識が支配されそうになった時、怒鳴るような激しい声が頭の中で響き、東雲はハッとなった。この声は・・・。
「違う!これはうそっぱちだ!」
 顔面蒼白になった東雲は、自分の腕の中にすがるように身を寄せる蕾を引きはがすと、突き飛ばした。
「しの・・・め・・?」
 大きく倒れた蕾は、体が床に届く前に、体が溶けてしまうようにすぅぅと消えていった。
「これは・・・!?」
 辺りは深い霧に囲まれていた。もちろん天界の蕾の部屋も跡形もなく消えている。
「東皇使よ、何を迷うことがある。これはそなたの望んだことではないのか?」 気がつくと、目の前には世にも美しい女天神の姿があった。神々しい姿に優しい笑みを浮かべながら女天神が語りかけてくる。
「女天神・・様・・・!?」
「さあ、こちらに参るがよい、こちらにはそなたが望むもの、もう一つの可能性が存在しているのだ」
 女天神は東雲に手をさしのべた。
「私の、望むもの・・・?」
「そう、そなたの望むものだ。言ってみるがよい」
「私の望むもの・・・それは・・・」
 東雲の脳裏には蕾の姿があった。しかしそれは先ほどまでの皇女である蕾ではなく・・・。その時だった。再びどこかで自分を呼ぶ声を聞いたような気がした。
「さあ、こちらへ来るのだ東皇使よ」
 女天神が手招きしている。辺りを気にし、少し焦っているようにも見えた。
 甘い香りと妙なる楽の音、その二つが思考能力を奪い、抗いがたい気持ちにさせる。
「私は・・・」
 東雲は目眩を起こしそうな女天神の声に、片手で顔を覆った。
「早く来るのだ東皇使!」

 女天神は手を伸ばすと、東雲の腕につかみかかろうとした。
「東雲!」
「!?」
 先ほど一瞬我を取り戻させてくれた懐かしささえ憶える呼び声で、今度こそ東雲の意識ははっきりと覚醒した。そして女天神の腕を振り払うと、叫んでいた。

  「森玄霊玉 祓濯!」
 正常な森林の大気が辺りを包み、ぼやけていた景色が確かな形を取り始めた。

  「ぐぅっ!あと少しで・・・!」
 女天神は息を詰まらすと、二度目の失敗に舌打ちした。そして厄介者の気配を感じると、長居は無用とばかりにその姿を消したのだった。

 そこは都心の外れにある森の一角だった。
「東雲!」
 憔悴し、その場に座り込んでしまった東雲のそばに舞い降りたのは、彼を現実世界へと呼び戻した張本人、蕾であった。
「蕾・・・」
 ホットしたような微かな笑みを蕾に向けた。
「ばか者!勝手に居なくなりおって!もしまた余音の術中にでもはまったらなんとするつもりだ!」
 言われて、自分が余音こと、エセ天神の気配を感じ、飛び出したはいいが、結局はおびき出されたことを思い出した。そして内に眠る願望と欲望の海を覗かされていたことも。
「すいません・・・」
 東雲は申し訳なさそうに謝った。
「お前が無事ならそれでいい、帰るぞ!」
 半ば呆れながらも、安堵した表情を見られまいと背中を向けた蕾は、ため息混じりに言った。その後ろ姿が東雲には少しだけ皇女蕾とだぶって見えた。
『前回は聖仙にあるまじき憎しみの心で術中にはまることはなかった。しかし今回は、正直危なかったよ。君の声が聞こえなければ、私はあのまま余音の術に取り込まれていたかもしれないんだから・・・』
「蕾・・・」
 そう思うと、無意識のうちに背後から蕾を抱きしめていた。
「だーっ、何をするか!」 蕾は東雲の腕を振り払うと真っ赤になりながらアッパーカットを見舞った。
「ハハ、やっぱり君は蕾だね・・・」
 顎をさすりながら、涙目の東雲は笑った。
「はぁ?何をわけのわからんことを!だいだいお前はなぁ・・・」
 と蕾が怒り出し、東雲が笑う。いつものことながら、やはりこれが「蕾」なんだと東雲は実感した。
 蕾が皇子であれ、なんであれ、蕾は蕾、その事実は変わらない。そして私の気持ちも・・・。だけどあの時の唇のぬくもりは忘れないよ。確かにあれも君だったんだから・・・。
「しかし、ちょっと惜しかったなぁ・・・」
 と一人残念がる東雲に、「帰るぞ!!」と怒号を発する、何も知らない蕾であった。

END

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