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2010年4月 5日 (月)

ココロノカガミ ①

 様々な美しい花々が咲き乱れる常春の郷、華恭苑。花の帝、錦花仙帝の皇女であり、御大花将の位を賜ったばかりの蕾が、下界に降り、ひと騒動を起こし負傷したのは聖矛授与の儀を一週間前に控えてのことだった。
 今は儀式の前に大事を取り、不本意ながら毎日を寝台の上で過ごすことになっていた。しかしそんな扱いが気に入らず、隙あらば宮を抜け出そうと試みるが、老伯将の計らいで宮の周りは花士たちによって厳重に固められ、簡単にはそれを許してはくれなかった。

「まったくもってうっとうしい!」
 次期御大花将に任命されたものの、聖剣が現れぬことで思い悩んでいた蕾は下界で怪魔と対峙した折り、東雲を庇い背中から腹部にかけ大怪我を負っていた。しかし当の本人は体が鈍ることを嫌い、周りの心配をよそに剣を持ちたがった。
「蕾、あまり無理をいうもんじゃないよ」
 蕾の怪我の手当に訪れていた神扇山の第八皇子、東皇使 東雲が、包帯を替えながら軽くたしなめた。
 蕾の背中と腹部には、塞がってはいるものの、まだ生々しい傷跡が残っていた。これが自分の失態から招いた結果であることを思うと、東雲は強く悔やまずにはおられなかった。
「傷ならもう大丈夫だ。みな騒ぎすぎなんだ」
 表情を曇らせ、少し辛そうに手当をする東雲に気付き、蕾は言った。
「だけど退屈で死にそうだ。まさか聖矛授与の日までこうしてじっとしていろとでも言うのか?そんなの私はごめんだぞ!」
 手当の終えた蕾はゴロリと仰向けになった。
「確かに、一日足りとじっとしていられる君ではないものね」
 蕾の愚痴に納得した東雲がクスクスと笑った。そしてしばし何事かを考える仕草を見せてから、ポンと小さく手のひらを叩いた。
「・・・蕾。玉泉洞に行くかい?」
「玉泉洞?あの御霊泉の湧く洞窟か?」
「ああ。あの近くに薬湯(くすりゆ)の沸くところがあってね、それが傷によく効くのだよ。治療のためだと言えば老伯将も納得して君をここから出してくれると思うんだけど?」
 名案、とばかりに東雲は微笑んだ。
『温泉か・・・』
 と蕾は少し考え、とにかくここから出られるなら何でも良い、とニヤリとずるそうな笑みを浮かべ、すぐさま承諾した。
「いいだろう。退屈しのぎにもなる。今すぐ行く!」

 神扇山と華恭苑の境界近くにある玉泉洞は、鬱蒼とする森の中にあった。黒く大きく穿たれた洞窟を小さな灯りを携え、しばらく歩くと景色が一変する。そこは広くはないが、華恭苑のごとく花々が咲き乱れ、木漏れ日がキラキラと緑を輝かせる聖域だった。
 霊泉の湧く泉には祠が建てられ、訪れる者の誰もが禊ぎができるように水中には階段が設えられ、すぐ傍らには小さな東屋があった。その泉の脇を通り、さらに木々の奥へ進むと、ほんのりと湯煙が漂ってくるのがわかった。泉よりも二周りも三周りも小さな泉の底からはボコボコと湯が沸き出し、温かな湯気を立ち昇らせ、森林の香りを漂わせていた。
 東雲は抱えていた蕾の着替えがくるまれた布包みを傍らの木の下に置いた。
「つぼ・・・」
 声をかけようと振り向いた東雲の呼吸が一瞬止まった。その視線の先には帯を足下に落とし、今しも衣を肩から滑らせようとする蕾の後ろ姿があった。思わず一挙一動に釘付けになった。
 妙な視線に気付いたのか、ふと肩越しに蕾が振り返った。
「東雲、何を見ている!向こうをむいていろ!」
「あ・・・、ご、ごめんよ」
 睨みをきかされた東雲は顔を赤くすると、バツが悪そうに慌てて背中を向けた。
 チャプン・・・と静かに音がして「もういいぞ」と声がかかった。うっすらと漂う湯気の向こう、乳白色の湯から肩を少し出した蕾の顔が滲んでいた。
「どう?湯加減は。傷には染みないかい?」
 縁を楕円に囲むように設えられた岩に腰掛けながら、東雲が訊ねた。
「ああ、ちょうどいい。傷にも染みない」
 パシャっと蕾は片手で自分の肩に湯をかけた。
「ここはその昔、大火に見舞われたことがあるそうだよ」
 思い出したかのように東雲がぽつりと呟いた。
「え?」
「それは一人の花仙がもたらしたものらしい」
「花仙だと?そんな能力を持つ者がいたのか?」
 花仙と聞き、一瞬蕾の表情が御大花将へと変わった。
「ああ。なぜそんなことになったのかは、わからない・・・。その頃はその花仙に係わっていた者がここを守護していたらしい。でもそんなことがあってからここは結界で護られるようになった。あの洞窟、あれが結界の出入り口になっているんだよ」
「で、その花仙はその後どうなったのだ?」
「さぁ。詳しい話は知らないけど、それ以来ここだけ湯が沸くようになったらしいんだ」
「・・・ふぅん」
 自分の知らない昔話に、思いを巡らせるように蕾はうつむいた。全ての花や花仙たちを護るべく御大花将となった蕾。もしその大昔に自分が花将として存在していたなら、その花仙を救うことができただろうか。今は東雲一人も護りきれなかった自分に不甲斐なさを感じつつ、それでもかけがえのない者達を護りたい一心で、蕾は聖矛授与の儀をある意味心待ちにしていた。
『東雲・・・』
 湯気の向こうに揺らぐ東雲の横顔をぼんやり見ながら、聖剣が現れた時の自分をふと思い出した。あの時自分は何を思い、何を叫んでいただろうか、と。
「蕾?」
 そんな時に声をかけられたものだから、まるで思っていたことを声に出していて東雲に聞かれたような気になった蕾が「うわぁ!」と叫びながら両手をブンと降った。
「つ、蕾・・・?」
 全身ずぶ濡れになった東雲がポカンと口を開け、こちらを見ていた。
「あっ・・・」
 思わず湯をぶっかけてしまった蕾がほんの少し済まなさそうに顔をしかめた。
「やれやれ・・・」
 と溜息をつきながら、東雲は濡れた着物を脱ぎ、近くの枝に掛けた。そしてブルッと身震いした東雲に
「お前も入れ」
 と蕾が言った。
「えぇっ!?」
 驚いた東雲が振り返ると、申し訳なさそうな表情の蕾が目線を逸らしていた。
「そのままでは風邪をひいてしまう。着物が乾くまでお前も浸かっていろ」
「え、でも・・・ックシュ!」
 小さなクシャミをしながらも、
『女性と同じ湯に浸かるなんて、しかも蕾とだなんて、それはまずい。非常にまずいよ』
 と、一人赤面し困惑する東雲に蕾は更に湯を浴びせかけた。
「早く入れ」
 とうとう下着までびしょ濡れになった東雲は、ついに観念し、
「わかったよ。脱ぐからあっちを向いてておくれ」
 と恥ずかしそうに答えた。
 大人が5人程入って少し余裕のある大きさだったので、蕾が背中を向けると暫くして東雲が湯の中に入ってきたのがわかった。
 背中合わせの二人は完全に固まっていた。
 ちょっと軽率なことを言ってしまったか、と少々後悔しながらも、蕾は東雲のことを意識すると、どうしても下界でのことを思い出してしまうのだった。
『私はいつからこいつのことをあんな風に思い出したのだろう。親同士が勝手に決めた許嫁と反発したものの、本当は心のどこかで嬉しかったのではなかったか?だけどそんな気持ちにすら気付かず、素直にこいつを受け入れることができなかった。確かに、初めて会った日に私もこいつのことを見ていたのは事実だ。でもそれを知られるのが嫌で、自分の気持ちを認めるのが恥ずかしくて、ついついこいつを殴ってしまってた・・・。それでも気がつけばいつもこいつのことばかり考えていた。頭から離れなくなっていた。それが好きという気持ちだったのか?わからない・・・。わからないけど、私の東雲に対する気持ちに聖剣は応えてくれた。もう、認めざるを得ない。・・・でも今更言えるわけない。お前が愛しい、と。そしてお前に触れたい、触れられたい、などと・・・』
 一人悶々と考えを巡らせるうちに、温泉のせいなのか、気持ちのせいなのか蕾の体は足の先から頭の先まで真っ赤になった。

To Be continued

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