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FANTASIA G-W

FANTASIA G-W

 時は既に明け方だというのに、空は暗雲に閉ざされ、白い雷がいく筋も走り、辺りを真昼よりも白く照らし出した。
 大粒の雨は容赦なく大地を叩き川を氾濫させて行く。 大地は割れ、少なからず人を飲み込み、太い青緑色の蔓を吐き出してはレンガ造りの家を覆っていった。
 大きくはないが肥沃な土地に恵まれた町を、見下ろすようにそびえる城に、まるで生き物のような蔓は城の外壁に絡み付き、強靭な石の壁を突き破り、中へと侵入して行く。
 誰もが予想しうえなかった事態。一人の魔法使いによる、強力な結界内にあったはずの小国グリーンウッド。
 人々は守られている筈だった。
 だがこの日、魔の手はのばされた。グリーンウッド一と謳われた北の魔法使いが不在なのをいいことに、西の森の魔女ギーナが一夜のうちにグリーンウッドを自らの手中に治めてしまったのである。
 地上から身を浮かせ、自ら起こした風雨にまみれることなく佇む魔女の真っ赤な唇が怪しく笑った。そして右に、同じ髪の色の少女を従え、黒衣に身を包んだギーナは呪いの呪文を唱え始めた。すると叫び逃げ惑う人間たちはたちまち石へと変り、それを見てさも満足げに笑うギーナの声だけが、グリーンウッドの暗闇に谺した。

 グリーンウッド城から直線にして約二キロ程離れた小高い丘。あと数歩で結界内というその場所でも魔女ギーナの姿を認めることができた。闇に浮かんだ巨大な影、そして勝ち誇った笑い声。彼等にははっきりとそれがわかった。そして彼等こそ、今し方、別名暗黒の魔女ギーナに祖国を奪われ、しかし鷹狩に出かけ、道に迷い帰って来るのが次の日の朝になった(まぬけ)おかけで一難を逃れることができた、グリーンウッド国国王の実弟カカヤと戦士ミール、そして北の魔法使いレシティブの弟子サランであった。
 彼等は黒い嵐に見舞われるグリーンウッドを目の当たりにしていた。
「兄さん…」(笑)
カカヤは顔面蒼白になり呟いた。城には国王である兄の他に、兄の妃と生後数か月になる王子がいた。
「レシティブの奴、手ェ抜きやがったな」
ミールはつま先で土を蹴っては、結界がはってあるはずの場所へひっかけた。
「ここまで風はこないね。律義にも結界内だった場所だけだよ、風雨なのは」
サランが手を伸ばすと、結界があっただろう、手首から先が雨に濡れた。
「変な魔女」
怪訝そうにサランは言うと、空を仰いだ。真上は早朝の澄み切った青で、数センチ向こうは暗雲が立ち込め、荒れ狂う暗黒色であった。要するにグリーンウッドの領域だけがギーナによって闇に陥れられたのだった。
「魔女ギーナってそんなに強かったか?」
「さあ、レシティブは鼻にもかけてなかったみたいだけど。よく知らない」
局地的な襲撃を前に、脳天気な会話を交わすミールとサラン。その横でカカヤは額に玉のような汗を浮かべていた。
 「あーーーーっ!」
いきなりときの声を上げたのはグリーンウッド城を遥かに見つめていたカカヤだった。
「なんだなんだ」
素っ頓狂な声にバランスを崩しながらも、ミールはカカヤの指さすグリーンウッド城の方を見た。
「げっ!!」
ミールは眉間に皺を寄せると吐き捨てた。ギーナが三人の存在に気付き、こちらに迫ってくるではないか。
「地獄耳の魔女かよ」
こりゃまいったねーとミールは向きを変えると叫んだ。「逃げるぞーっ!」
三人は一斉に走り出した。
 二つの黒い影は稲妻を操りながらものすごいスピードで三人を追ってくる。ギーナから放たれた稲妻は走る三人の脇をかすめ、爆風と共に地面をえぐり木木を薙ぎ倒して行く。
「お待ち!レシティブの仲間は逃がさないわよ!!」
半ばヒステリックな魔女は私怨のみで動いているように思われた。いや、実はそうなのだが…。
「こらーサラン、何とかしろ!仮にもレシティブの弟子なんだろー!」
全力疾走しながらミールは叫んだ。
「いまやってるよ、ちょっとまって!☆ ∞△◎ぼくの服のスソ掴んでて、跳ぶから、$§♭Ωいい?いくよ」
ギーナの稲妻が三人に命中しようとした時だった。サランの唱えた太古の呪文によって、一瞬白く丸い光が三人を包んだかと思うと、次の瞬間にはその姿はなく、三人を直撃したはずの稲妻はただ地面をえぐり、土煙を上げただけだった。

 「あいたー」
したたかに打った尾てい骨をさすりながらミールは立ち上がった。
「ここはどこだろう」
同じく立ち上がり、カカヤが呟いた。
左右を森に挟まれた一本道(多分街道だろう)に彼等はいた。
「んーと、グリーンウッドから約二百五十キロ程離れてると思う」
人一倍疲れた様子のサランが、半分虚ろにカカヤの呟きに答えた。
「二百五十キロっ!?」
叫んだのはミールだった。
「もっぺん跳べ!一日五十キロとしても歩いて帰ったら最低五日はかかるぞ!グリーンウッドの手前五十キロで許してやる!」
ミールはまだへたっているサランの首ねっこを掴んでブンブンと揺すった。
「無理だよー。ここまで跳ぶのに精一杯だもん。あーもうだめェ~」
ミールが手の力を緩めると、サランはばったりと倒れ、そのまま眠ってしまった。
「はったり魔法使いめ~!師匠が師匠なら弟子も弟子だ」こうなったら自力でグリーンウッドまで歩くか、レシティブに見付けてもらうか、方法は二つに一つだった。が、あのレシティブがわざわざ自分達を捜しにくるはずがない、そんなミールの提案でとりあえず彼等は歩くことにした。

 ミールはサランの足首を持ち、大きな荷物を引きづるかのようにズルズルと引っぱりながら歩き始めた。こうなればグリーンウッドへ戻り、なおかつレシティブが見つからなければ三人で魔女ギーナを倒し、グリーンウッドを元の平和な国に戻さなければならない。カカヤはともかく、自分の剣とサランの魔法があれば何とかなるだろう、とミールは思ったのだった。
 サランはまだ見習いの魔法使いだ。だから滅多に大きな力は使えず、無理して使えば体力は著しく消耗し、最低三日はランプに火を灯す程度の小さな魔法しか使えなくなってしまう。しかしグリーンウッドに着く頃には力も元に戻っていることだろう。
 そしてこの年若い魔法使いとカカヤは同い年だった。 闇の国の魔物達が蠢き、光と闇が相対する世界。人を食らう魔物達から国や人々を守るため、修業を積む戦士や魔法使い。選ばれし者達。魔物達との戦いと繰り返される歴史…。そんなヒロイックな世界とは全く無縁なこの世界。幸せそのもののグリーンウッド国。カカヤのお守りがわりに付けられたミールとサランは、カカヤと同等(いや、別の意味ではそれ以上かも)の立場にあり、常に行動を共にしていた。
「こんなことなら鷹狩になんか行かなければよかった」歩きながらボソボソと呟いたのはカカヤだった。
「おめーが迷子になるからいけねーんだよ!」
ミールはカカヤの頭をげんこつでポカリとやった。
仮にも国王の弟の頭を殴る者など、グリーンウッド広しと言えどこのミール以外…いや、以下二~三十人はいただろう。
 「しかしあの魔法使い、私怨で一国滅ぼしやがって…レシティブの奴も一発殴ってやらなきゃなぁ」
 たしかにこの世界は平和だった。魔女ギーナの北の魔法使いへの私怨を除いては…。それ故結界が必要(あってもなくても同じなのだが)だったグリーンウッド。だがそれも破られた。北の魔法使いレシティブが不在の折りに。だが事が事なら一大事だというのに全く危機感がなく、この三人(内一人は眠っているが)は落ち着いている。まるで「その程度の事」とでも言うように。
 サランを引きづり、歩くこと数時間。小さな集落さえ見つからず、日は傾き空は満天の星で埋め尽くされていた。
「ミ…ミール、ちょっと待って…おれ、もう歩けない…」ゼエゼエと荒い息を続けるカカヤがガクリと膝を着いた。「朝から何も食べてないうえに、一日中歩くなんて…お願いだから、今日はここで休ませて…」
カカヤは重い体を引きづり、街道ぞいの直径三メートルはあろうかと思われる、一際大きな木の根元へと体を寄せた。
「それもそうだな」
と『軟弱者め~!』というところの口でカカヤの提案にあっさり同意したミールは、サランを引きずりカカヤの隣りに腰を下ろした。

 グゥ~、グキュルルル~…。満天の星空に二人の腹の虫の悲鳴が響いた。
 焚き火を起こし、即席の弓矢を片手に、何でもいいから獲物を捕らえようと、周囲に目を光らすミール。
グルグルキュゥ~。
「だめだこりゃ、この音のせいで獲物がみんな逃げちまう」
しばらくして弓矢を放り出すと、その場に仰向けに大の字になって寝転んだ。
とたんに、
「大将、お困りでっか?」
「うわーっ!!」
突然目の前に聞き慣れない方言と男の顔が現われたので、ミールは思わず叫んでしまった。
「ど、どこから現われたんだ~!?」
同じく驚いたカカヤが怪しげな二人の男に問いかけるでもなく呟いた。一人は妙な方言を喋り、もう一人は浅黒い肌で、どうやらよその国の人間らしかった。
「何言うとりますの、おれらさっきからこの木の後ろにいましたがな。後から来といて気ィつかへんとは失礼な…。とまあそんなことはどうでもええ、大将、腹へってますのんやろ?よかったら食べ物譲りましょか?」
旅の商人ノーマとセネと名乗ったこの二人は、ミール達が休んでいた木の反対側から”越後屋“と書かれた大きな布袋を取り出すと、一つ一つ中身を取り出した。
「今日は仕入れが悪かったんであんまりぎょーさん持ってへんけど…これはとりたての鳥で千ウッド(日本円で約千円)、これは羽もいで料理し安くした鳥、三千ウッド、これはすぐに食べられる照り焼きの鳥、五千ウッド、あと兎の肉五百ウッドに魚の干物三百ウッド、干し肉七百ウッドが少し…どれにします?安うしときますけど?」
ミールは口をパクパクさせた。
「鳥の丸焼きが五千ウッドだと?このヤロ~人の足元みやがって!」
腹の虫をグルグル鳴らしながら、今にも殴りかりそうになるミールをカカヤが汗を飛ばしながら必死で止めた。「大将、大将、あんまり怒鳴ると喉が渇きまっせ。ちなみに水、五百ウッド、麦酒、七百ウッド、果実酒、千ウッドもありまっせ」
商売熱心なノーマはミールに襟首をつかまれながらもアピールした。
「悪徳商法お断り!!」
ミールは腕を組んで仁王立ちになった。
「アホなこと言うてもろたら困りますがな、おれらちゃんとした商人でっせ、これも赤札や、なんぼでも勉強させてもらいますがな」
ノーマは右手に鳥の肉、左手に果実酒を、セネは右手に兎の肉、左手に干し肉を持って売り込もうとした。
「ほぅ…」
ミールの目がキラリと光った。

 「商売あがったりやー!何考えてんねん、こらー返せーもどせー!!」
ノーマの罵声を背中に浴びながら、ミールとカカヤは歩き出した。
 あいにくと持ち合わせのなかった彼等。ミールは剣を抜くとノーマの鼻先に切っ先を向け、カカヤはミールに言われるままに二人を大木にくくり付け、ノーマ達の商売袋を背中にしょった。
「なんか罪悪感感じるなぁ」
カカヤは荷物を背負いながら首をひねった。彼は一国の主の弟である。普通なら命令する側の立場である筈の人間なのに、カカヤはどうしてもミールに頭が上がらない。つくづく妙な因縁を感じてしまったりする。
「気にすんな、グリーンウッド城に来れば好きなだけ金が貰えるだろうって言っといたから」
そう、悪い人じゃないのだ。特別。時々北の魔法使いレシティブと一緒になってカカヤを苛めることもあるが、気を回してくれる事もある。根っからの悪人ではないのだ。
「あ、それからお前の名前で名乗っといたから、あいつらが来たらお前、払っといてくれよな」
前言撤回。カカヤは顔面にいく筋もの縦線を引いた。

 旅の商人ノーマとセネを置き去りにし、歩くこと数十分。再び道の脇に入り、麦酒で喉を潤し、鳥肉と兎の肉で腹ごしらえをした。そして月が中天にかかるころ、三人(といっても一人は最初から眠っているが)は眠りに就いた。


 一本道の街道を歩いていた彼等は、道に迷っているのに気が付いた。小川を見付け、水を飲みにいったところ、何やら空気に混じったような囁き、というか、歌声のようなものが聴こえた。聴こえたかと思うと、すでに道に迷っていたのである。
 彼等は街道を大きく外れ、鬱蒼と木木の茂る森の中に佇んでいた。
「そういえば、グリーンウッドから東に山一つ越えたところの森に、『歌う魔女』が住んでるって話、聞いたことがあるな。その透き通るような、森の空気に似た声で人を森の中で迷わせ、なんでも取って食ってしまうそうだ」
道を探しながら、ミールはカカヤに話して聞かせた。
まさかぁ、とカカヤはひきつりながら笑っている。が、その笑いも歩みもハタと止まった。その歌声が再び、それも今度はかなり近くから聴こえてきたからだ。二人はギクリとした。と同時に激しい好奇心に全身を襲われた。ミールの右手は愛用の長剣に触れている。そして歌の魔力に、今度こそはとらわれぬように、心して声のする方へ近寄っていった。さっきは油断して、フラフラと森の中へ迷い込んでしまったが、彼等はほんの少しなら魔法にも通じている。気持ちさえしっかり持っていれば大抵のまやかしには打ち勝ってしまうのだ。

「歌を聴いてください」
突然目の前に現れたものに、ミールは悲鳴を上げかけた。はたして、彼等の前に現れたのは、噂の『歌う魔女』ニコであった。黒い長い髪はゆったりと波の形を作り、フード付きの白い長衣をまとっていた。どこか陰気な雰囲気を持つニコだが、一目見て、噂どうりの、人を迷わせ取って食う、恐ろしい魔女などではないことが彼等にはわかった。
 さめざめと泣く魔女の話を聞くと、こうだった。
 ニコは魔女にして歌うたいだという。この森に住むようになり、近くの村の人の病気を治したり、相談ごとを受けたり、という仕事をこなしていたのだが、生まれつき影が薄かったせいか、その存在も次第に忘れ去られ、一人寂しく大好きな歌を歌っているのをたまたま薬草を摘みにきたいた村人の一人が聞き、最初は森の精が歌っていると信じられていたのが、どこをどうまちがったのか噂が噂を生み、魔女が歌で人を迷わせ、取って食ってしまうという悪い噂になり、人が近寄らぬ森、人を食う歌う魔女のいる森、と呼ばれるようになってしまったのだという。しかし、当の魔女といえば人を取って食うどころか、貧血気味の、低血圧の、風が吹けば飛んでいってしまいそうなくらい頼りなさそうな、しかし良い魔女であった。逆にその存在を忘れ去られ、寂しい生活を強いられていたのだろう。
 二人は一夜の宿と、温かい食事を約束にこの魔女に力を貸すことになった。要するに、ニコは誰かに自分の歌を聴いてほしいのであった。それにはまず、人を集めねばならないのだが、人々は『歌う魔女』を恐れている。話したところで来てくれるわけがない。そうすると、あとは強行手段しか残っていない。最初からニコの魔力で人を呼び寄せ、集まったところで正気に戻す。逃げようとする奴がいれば剣で脅せばいい。そしてニコのコンサートをはじめるのだ。
「しかし、大丈夫かい?ずいぶん体が弱そうだけど」
青白い顔の、息をするのもそぞろのニコに、本当にコンサートなぞできるのか…。ミールは他人ごとながら、心配でたまらなかった。
「ええ」
ニコはクマのできた目を細めてニッコリとした。
 森の中、開けた広場にニコの魔法で作られた小さなコンサート会場があった。木と木の間に蔦を絡ませ、木の葉は互いに重なり合い、ちょっとしたドームを作り出している。切り株が舞台の前に幾つも並び、客席の変りをつとめている。
「あとは客を集めるだけか…」

 ミールたちは小さな山間の村を見下ろす、小高い丘の上にいた。
「風向きもいいようだし、さっそくはじめようか」
所々で畑を耕したり、洗濯物を干している村人たちをゆっくり見ると、ニコは大きく息を吸った。そして吐き出した息と共に流れ出た歌は、子守歌のような、小夜曲のような、空気に溶け込み、風に乗り、村人の元へと届いた。ニコの歌声を聴いた村人たちは、目をつむりその声に耳を傾けた。心から虜になったようだ。
 ニコは歌いながら森の方へと歩き出した。魔力にとらわれた人々は大人も子供も、男も女もそれに従い後を追いはじめた。
「まるでレミングだな」
ゾロゾロついて来る村人たちを見て、ミールは思った。 ニコの歌がピタリと止まった。とたんに催眠術から覚めたように村人たちはハッとし、辺りを見回した。
ジャン!!
軽快な音楽と共に舞台に跳ね出したのはニコだった。激しいリズムにしばらくの間呆然としていた村人たちであったが、目の前に現れたのが『歌う魔女』ニコであると知った彼等は、一斉にその場から逃げ出そうとした。その行く手にはミールとカカヤが立ち塞がっているのだが。が、前奏が終り、歌に入った途端、彼等の足はピタリと止まった。そして「え?」というふうに振り向いた。
 白いフードの付いた長衣を脱ぎ捨て、ヒラヒラと裾の短いグリーンの衣装を身に着け、舞台の上を所狭しと駆け回るニコはまるで別人のようであった。そしてその声は、清流のように透明で、清らかな魂そのものだった。 人々は我を忘れ、知らず知らず客席用の切り株に座り始めていた。
「どうやらうまくいったようだな」
ホットしてカカヤに微笑みかけるミール。村人たちは違う意味でニコの歌の魔力にかかっていた。
 一曲目が終わると人々はよろこび、大きな喚声と拍手を贈った。
 ニコが太陽のような笑みを浮かべ、そして二曲目が始まった。
 真昼の太陽光線が木の葉を透かして降り注ぐ、歌う魔女の住む森での出来事であった。


 次の日の夜。
 パチパチとはぜる焚き火を見つめながら、カカヤは何事か考え込んでいた。それは魔女ギーナと一緒にいた、もう一人の少女の事だった。カカヤには見覚えがあった。が、よく思い出せない。
「ああ、あれは多分二つ山向こうの国のライヤ姫だろう」ミールに尋ねると、あっさりと答えは返ってきた。
「たしか一ケ月ほど前にキツネ狩りに行った時、偶然会っただろ?でも、何でギーナと一緒にいるんだろうな?」カカヤはポンと手を叩いた。

 春うらら…、一つ山向こうの森で偶然出会った二つ山向こうの国のライヤ姫。目が合った瞬間、何故か心がドキリとした。ちょっと不良っぽくて、お姫様に見えなくて、しかしカカヤは、心を動かされるには十分な何かをライヤ姫の瞳の中から感じとっていた。それが何なのか、その時はよくわからなかった。だが…今ならわかる。

 ライヤ姫はきっと魔女にさらわれ、操られているのだろうと思ったカカヤは、ライヤ姫を魔女の手から助けねば、と思った。それでその後、ハッピーエンドになれば一石二鳥ではないか。カカヤは思った。

 次の日の朝、密かに思索にふけるカカヤの足取りは不気味なほど軽やかだった。
 歩き始めて六日後、何時の間にか彼等は祖国グリーンウッドの地を踏み締めていた。昨日サランの目も覚め、三人並んで帰国したのである。
 グリーンウッドの空は青く晴れ渡り、鳥が飛び交い、草花は気持ち良さそうに風に揺れていた。
 人々は仕事に励み、子供達は楽しそうに野を駆け回っていた。
 あんぐりと口を開け、つっ立っている三人の頭上で突然声がした。
「遅かったじゃないか」
見上げるとそこには、北の魔法使いレシティブの悠然たる姿があった。
「あーっ、レシティブ、てめぇ~っ!!」
ミールは叫ぶと握り拳を作り、頭の上に振り翳した。
「鷹狩は楽しかったか?てっきり日帰りだと思ってたんだが」
白々しく言うと、レシティブはスイーッと三人の前に下りてきた。
「お前なぁ~、人の苦労も知らんで…」
ミールの額に血管が浮き出た。
「ねえ、ギーナは?」
一段と平和さを増したようなグリーンウッドの青い草原を見て、サランが言った。
「西の森の魔女がグリーンウッドを襲っていると風が教えてくれたのでな、ギーナの住みかの森に火を付けてやった。そしたら慌てて帰ったよ。暫くは顔も見せないんじゃないかな」
レシティブは「ははは」と笑い飛ばした。
「過激なヤツ…」
ミールは全身から力の抜けてゆくのを感じ、その場に座り込んだ。
「えっ、じゃあ、あの、もう一人の、えっと…」
焦りまくり、言葉のでないカカヤの質問を察し、レシティブは言った。
「ああ?二つ山向こうの国の王女か?王女なら魔法を解いて国に連れ帰ってやったが?」
カカヤはガクリと膝をついた。世間はそんなに甘くはなかった。
 暗雲渦巻くグリーンウッドから、魔女ギーナによって操られていた、二つ山向こうの国の王女ライヤをこの手で救い出し、そして送り届け、「勇敢な王子よ、ぜひ姫をもらってはくれぬか」などとゆう調子の良い王の言葉を期待していたカカヤ。そのショックは絶大なるものだった。
「二兎を追う者は一兎も得ず、って言うからな」
長年の付き合いから、カカヤの心をあっという間に感じ取ってしまったミールの言葉は、カカヤの背中にズシリと重くのしかかった。そして少し励ますかのように、カカヤの背中をバンバンと叩いた。
 サランとレシティブもミールの横に腰を下ろした。

 四人は、木木の匂いやそよふく風を同時に感じていた。 青い空には鳥が舞い、人々は大地で楽しそうに生きている。それを確認すると四人の心の中に、何かしら活力のようなものが湧いてくるように感じられた。

 そう、ここは魔法の国。ファンタジーな世界。
 グリーンウッドだから。


END