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海の家殺人事件-真夏のナイス・レディ-

海の家殺人事件-真夏のナイス・レディ-

 「んー最高!」
両手を大きく空に向け、のびをしながら麦わら帽子の良く似合った瞬が叫んだ。
 時は八月、天気は快晴。そしてここはとある日本海側のかくれたリゾート地。折しもグリーンウッドの面々、一也、光流、忍、瞬の四人が、夏休み最後の一週間を過ごすため、瞬の父親の所有するペンション「海の家」に着いたところであった。「海の家」と聞いて渋い顔をしていた忍と光流であったが、実物がペンションだと知って安心したようだった。
「さすが瞬の親父だな、私有でペンション持ってるうえに、俺たちに自由に使わせてくれるなんて」
光流が感心したように頷いた。
「よく言うよ光流先輩、さっきまで”海の家なんてダセーッ“て言ってたくせに」
麦わら帽子を脱ぎ、荷物を玄関口にドサッと置いて振り向き様に瞬は言った。    
「だって海の家って言ったら海水浴場にあるやつを思い出すじゃないか。あと、お前ん家の所有物は幽霊の出る可能性だってあるしな」
光流は同意を求めようと「な」のところで忍と一也の顔を伺った。二人は「うん、うん」と頷いてくれた。
「だったら入ってくんなくてけっこうですよ」
「おいおい 」
 玄関の鍵を開け、スタスタと中に入っていく瞬。その後を三人がゾロゾロとついて行く。
「中は案外綺麗だな」
忍が部屋を見渡して言った。
「ぼくたちが来る前に、ここを管理してくれてた人が掃除して、食料とかもだいたい揃えてくれてるはずです」と、瞬が出窓になっている窓を開けた。夏の太陽光線と、爽やかな風が入ってきてカーテンをゆらした。
「二階は二間、一つは寝室。四人揃って寝られるようになってますから」
そして四人はリビングの隅に荷物をおろした。
「まずは泳ぎに行くか!」
はりきって光流が三人を促した。


 晴天の空に吹く風は肌に心地好かった。おまけにあまり知られていないリゾート地のため、人影もまばらだ。それに日本海側だけあって、海もきれい。四人は喜んで海に飛び込み、太陽に銀色のしぶきを光らせた。
 ふと浜辺の端の方を見ると、数人の男達が何やら作業をしている様子が見えた。何か大きな物を組み立てているようだった。
「何してるんだろ」
しばらく泳いだあと、忍と光流の命で一也と瞬が様子を伺いに行ってみた。

 「どうしてお前は二度も特殊なものを… 」
光流が呆れて言った。あれから約三十分後、彼等は海の家へ戻ってきていた。
「先輩が行けって言ったから行っただけですよ」
一也が反撃し、瞬は自分の隣に座りコーヒーをすすっている人物を疑いの眼でうさんくさそうに見つめていた。
「本当に偶然ですわね。みなさんとこんな所でお会いできるなんて」
新田美恵子は罪なき笑顔(?)でニッコリと笑ってみせた。
「美恵子ちゃんの方こそ何でまたこんな所に…」
光流が口の端をひくつかせながら問い返した。
「コンサートですの。”全国縦断サマーコンサート“。一週間後ここでやるのが最後ですの」
「へぇー、じゃあ、あれ舞台なんだ」
浜辺で組み立てていたものを思い出して一也が答えた。
「ところで相談なんですが…ゴホゴホ」
咳を交えて、唐突に美恵子がきりだした。四人は一瞬どきっとした。良からぬ不安が体中を駆け抜けたからである。
「私も、ここに泊めていただけませんか?」
一同(忍を除く)、椅子からズリ落ちた。
「な、何でまた… 」
光流が体制を立て直しながら問いかけた。
「私のマネージャーの大谷さん、いましたでしょ?彼女、急な仕事が入ったらしくて東京へ帰ってしまって他のスタッフはみんな男の方ばかりですし、その中に一週間もいると思うと心細くて心細くて…」
そこまで一気に言うと、呼吸困難に陥ったかのようにゼエゼエと肩で息をするので、一也は思わず背中をさすらずにはいられなかった。
「いくら急な仕事でも、美恵子ちゃんをほったらかして行っちまうマネージャーなんているか?」
「あの人ならありうるんじゃないか?」
「おまけに俺たち四人とも男なんですが」
光流と忍が言った。
「その点はおかまいなく。私気にしませんので」
「筋が通ってない…」
一也が呟いた。
かくして美恵子は彼等四人と寝起きを共にすることになった。


 次の日の朝、けたたましい物音で四人は目を覚ました。驚いた四人は音のする方(キッチン)へと眠い目をこすりながらどやどやとなだれ込んだ。
「何してんだよ美恵子ちゃん、こんな朝早く…」
光流がぶーたれた。音の原因はもちろん美恵子であるとわかっていたからだ。         「あ、あの私、みなさんにモーニングコーヒーでもいれてさしあげようかと思って…これからお世話になることですし…」
美恵子は無数の転がった鍋の真ん中でマグカップを握りしめ、へたりこんでいた。
「美恵子さんは何もしなくていいから。コーヒーくらい自分で入れるよ」
瞬は髪を掻き乱しながら、皮肉一杯に美恵子が手にしていたマグカップを取り上げた。
「やさしいんですのね…」
瞬はカップを取り落としそうになった。どうも調子が狂う。それを察した忍がクスクス笑った。
「ところで美恵子さん、今日は仕事は?」
一也が気をきかせて話題を変えた。
「オフですの。当日リハーサルがあるだけで」
「じゃあ一日中ここにいるわけ…?」
光流が一也の背中にボソッとなげかけた。目線は美恵子、口は一也というふうにだ。
「今日はパーッとバーベキューでもやりたいな」   
と言ったのは忍。
「そうだねー、でも野菜がたりないなー」
と冷蔵庫をあさりながら、瞬も忍と一緒に針のような言葉を一也の背中になげかけた。
「あ、あの、美恵子さん、俺と一緒に買い出しに行きませんか?」
必然的にそんなセリフが口から出てしまった。
 美恵子を一也にまかせて、三人は海で目一杯遊ぼうという魂胆であろう。どこか、計画的犯行…のような気もしないでもないのだが…。かくして数十分後、一也は三人に明るく見送られ、美恵子と二人で買い出しに行くはめになってしまった。その時、入れ違いに一人の女性が「海の家」を訪れたことを二人は知る由もなかった。


 最寄りのスーパーまで電車に乗ること約一時間、おまけに電車の本数が少ないと来ているので、半日がかりで買い物を終え、美恵子に荷物を持たすわけにもいかず、それを一手に引き受け、クタクタになって帰ってきた一也。苦労の甲斐あって、その日の晩は浜辺で豪華なバーベキューパーティーをすることができた。       
海辺で遊ぶ人の姿もすでになく、暮れかけた浜辺にはほぼ形の整ってきたコンサートの舞台が、数個のライトにほのかに照らし出され、その姿を示している。
食事も一区切りついたところで、光流が一也に話しかけた。
「ここ、やっぱり出るらしいぞ?」
「へ?」
一也は光流の顔を見た。
「これだよ、これ!」
光流は両の掌を一也の顔の前でブラつかせた。
「う、うそでしょう…?」
それが幽霊を意味するものであることに気付いた一也はひきつり、笑いながら砂の上を後退りした。
「さっき瞬に聞いたんだ」
いつの間にか二人の話の中に、忍も瞬も美恵子も入ってきていた。
「でもねぇ、ただのコレじゃないらしいんだ」
顔の下から懐中電灯かなにかで照らすと、効果的であろう顔をしながら、瞬も光流の手を真似てみる。
「…殺人鬼…!」
まるで地を這うような忍の一言は効果的である。他の四人の背中にマジに悪寒が走った。
「ジェイソンみたいな…」
光流が一也にずいっと迫った。
「ジェイソンみたいな…?」
一也は光流のセリフを恐る恐る繰り返した。頭の中ではすでに「13日の○曜日」の残酷シーンが上映されていた。
「じぇいそんはいきていたぁ~!」 
一也の背後から肩をすかして腕がにゅ~と伸びてきた。
「うわーぁぁぁっ!」
一也は絶叫した。はたして、そこにはジェイソンがいたのである。光流と瞬は砂浜に顔を伏し、声を押し殺し大笑いしている。
「俺だよ俺」
と忍が白い仮面をはずしてみせた。一也は半分腰を抜かしそうになり、あんぐりと口を開けたままだった。
「お前ってほんとに驚かしがいがあるなぁ」
と光流がゲラゲラ笑いながら一也の背中をポンポンたたいた。   
「せ、先輩、そのお面…」
瞬が忍の手にしている面を指差した。それは映画の中でジェイソンが付けていた面に似ていた。
「ああこれか、これはさっき海の家の裏で拾ったんだ」一同、瞬間的に笑顔が凍りつき、日も暮れた空に沈黙が広がった。その後、五人は無言のまま、いそいそと後片付けを済ませ「海の家」へと戻って行った。


 事件は二日後、四日目の晩におこった。瞬が風呂に入ったきり一時間以上も出てこないのである。不審に思った忍と光流が覗きにいったところ、そこに瞬の姿はなく、シャワーはお湯が吹き出したままタイルの上に転がり、湯船は真っ赤に染まっていたのである。
「あいつやっぱり女だったのか」
確信したように忍が呟いた。
冗談を言ってる場合か!と、光流の無言のげんこつが忍の後頭部をみまった。
「まさか本当にジェイソンが…」
「あほかお前は!もっと真剣に考えろ!」
真剣に言ったつもりが、やっぱり光流になぐられてしまう一也。彼等の必死の捜索にもかかわらず、それきり瞬は姿を現さなかった。  
「私、怖い…」
人一倍青い顔をしながら美恵子はソファーに倒れ込んだ。 しかし事件はそれだけでは終わらなかった。次の日の夜、忍が姿を消したのである。着替えを取りに行く、と一人二階の部屋へ向かったきりであった。三人が駆けつけた時には、忍のものとみられる血痕が、部屋の、まだ真新しい絨毯の一所をどす黒く染めているのが認められただけだった。一也は思わず口を覆った。
「先輩…」


 「光流先輩、これからどうするつもりなんですか?このままいけば今度は俺たちのうちの誰かが殺されるかもしれないんですよ!ねえ先輩、聞いてるんですか!?」
冗談じゃない!と、一也は苛立ちを両手に託し、テーブルに叩き付けた。忍が消えた夜、三人はリビングで夜を明かしていた。
「美恵子ちゃんのスタッフが泊まっているペンションに行ってくる」
しばらく何事か考え込んでいた光流が口を開いた。
「!?」
「もしかしたら向こうでも何か起こってるかもしれないし、起こっていないかもしれない。何もなければ助けを求める!」
いつになく真剣なまなざしに一也は生唾を飲んだ。
「先輩、俺も…」
「お前は美恵子ちゃんとここにいろ」
中腰になった一也をテーブル越しに押し戻し、朝早く数キロ離れた美恵子のスタッフ達が泊まるペンションへと単身で向かったのであった。
 しかし、その日午後八時を回っても光流は戻ってこなかった。
『一体どうしたらいいんだろう…瞬が消えて忍先輩も消えて、その上光流先輩まで消えてしまったら…』
一也は落ち着きを無くしていた。
『やっぱり警察に…いや、電話のほうが…!そう言えばここ電話なかったんだっけ…電車も一日二本しかないし…何でこんな事…』
一也はリビングの端から端を行ったり来りし、時には頭をかきむしった。
「きゃーっ!」
美恵子がキッチンで悲鳴をあげた。一也が駆けつけると隅のほうで美恵子が蹲っていた。
「美恵子ちゃん!?」
「い、今、窓の外に誰か…」
美恵子が指差す窓から外を伺ってみたが、すでにその姿はなかった。
「私、明日はコンサートがありますの…死んだら歌えませんわ…」
美恵子はか細い声で訴えながら、一也のズボンの裾にしがみついた。その時、突然家中の電気が消えた。
「停電!?」  
二人はその場に立ちすくんだ。
ギシッ…ギシッ…
何やら頭上で音がする。二階の部屋からのようだ。
 美恵子は一也の後ろにぴったりとくっつきながら、一也は暗闇の中を手探りで二階への階段を上った。二つあるうちの手前の部屋のドアが半開きになっていた。一也は微かに震える手で、恐る恐るそのドアを手前に引いた。ドアは重かった。そしてその内側にあったものは…!張り付けられ、口と額から血を垂らした瞬の死体であった。
「うわ――っ!」
一也は腰を抜かした。美恵子も声にならない叫びを上げた。そして廊下を這うように一也はその場を離れようとした。その時、手にぬるっとしたものを感じ、思わず身を固くした。見たくなかったが見ずにはいられない。果たして、一也の手にはべっとりと血のりがついていた。血のりの行方を見るとそこには胸にナイフを突き刺した光流の死体が転がっていた。
「光流先輩ーっ!?」
一也は泣き声にも似た悲鳴を上げた。そして背後に人の気配を感じ、一也はまるでぜんまい仕掛けの人形のようにゆっくりと振り向いた。階段の踊場を見ると、一人の男が立っていた。
「し、忍先輩?」
忍かと思いきや、その男はゆっくりと二人の方へと歩み寄ってきた。見る見る一也と美恵子の表情が変わっていった。
「ジェ…ジェイソン…?」
その男は右手に血のついた登山ナイフを持ち、白い面をかぶっていた。二人は立つことができず、後退りした。男はナイフをゆっくりと振り上げた。とたんにおたけびを上げながら、一也は美恵子をかかえ、光流の死体を飛び越え、もう一つの部屋の前まで走った。逃げ場所はここしかなかった。が、ドアが開かないのである。
「くそぉ、何でだよ!」
男はゆっくり二人に迫ってくる。一也はドアを叩き、蹴り、開けようとした。
バンッ!
危機一髪、ドアは開き、二人はなだれこんだ。瞬間ドアが閉まり、振り返った時には遅かった。『閉じ込められた!?』そう思った時、真っ暗だった室内が急に明るくなった。しばらく光に視界を奪われ、耳には女の叫び声が聞こえた。
「どびっくりカメラでぇ~す!」
光が和らいだので、一也はようやく回りの状況を把握することができた。
「大谷さん…」
美恵子は真っ青な顔で呟くとヘナヘナとその場に座り込んだ。部屋には照明様のライトと、数台のカメラとスタッフ…。一台のカメラの前で、レポーター役の美恵子のマネージャーが、「大成功!」とVサインをしている。美恵子はすぐさま状況を飲み込むことができたが、一也はいまだに棒立ちのままだった。
「スカちゃ~ん」
と血のりでベタベタの瞬の顔が、一也の目前に現れた。
「ぎゃーっ!」
のけ反った拍子に、廊下で死んでいたはずの光流にぶつかった。
「うわーっ!」
再び叫び、死体の光流になぐられた。


 「そんなにびっくりしたぁ?…これってね、美恵子のコンサートの千秋楽のちょっとした余興にと思って企画したのよ。本当は美恵子一人を驚かすつもりだったんだけど、あなたたちが来てるの知ってちょっと変更したわけよ」
「海の家」のリビングで六人はコーヒーをすすっていた。瞬と光流はシャワーを浴び、こびりついた血のりを落とし、さっぱりしている。
実は、これはすべて美恵子のマネージャーの仕組んだものであった。しかし一也は不機嫌だった。美恵子をひっかけるにせよ、自分には事の次第は知らされず、同じ様にひっかけられたからだ。
「お前の場合、すぐ顔に出るからな」
とジェイソンの面をかぶった忍が言った。
「だけど退屈だったなぁー」
と瞬が口をはさんだ。
「だって一番最初に殺される役だったんだもん。スカちゃんの驚く顔、見たかったのに」
浴槽に血のりを溶かし、いかにも、殺され死体を持ち去られたかのように見せかけ、実は裏からそっと抜け出し、迎えに来ていたスタッフたちに同行し、今日まで彼等のペンションで世話になっていたのだ。
「じゃあ、あのテープ、ビデオにしたら記念にあなたたちにもあげるわ。別にテレビ用に撮ったわけじゃないのよ。最終的にはビデオテープにしてファンクラブの会員に販売するだけだから」
 しかしこのテープ、誰が見ても新田美恵子より蓮川少年の方が主人公のように見えるのだが…ちなみに、後日そういう理由でこのテープは没になり、お蔵入りとなったのであった。
 とりあえず、その日の夜はなんとか一也と和解を果たし、翌日…。


 真夏の太陽きらめく中、ファンの歓声の渦に新田美恵子の歌声が響いた。
「何でこうなるんだ…」
一也は溜め息をついた。
大谷さんの一声で、彼等はコンサートを手伝うはめになったのだ。舞台の最前列で群衆を押さえ、背中で美恵子の歌を聴く。一也は前夜までのことを思い起こして少しムッとしたが、今こうやって美恵子の歌を聴いていると、自然と口元に笑みが浮かび、目元が笑った。忍や光流や瞬を見ても、イヤイヤやっているようでいて目が笑っている。
「まっ、いいか…」
一也は思い切り青空を仰いだ。


 場所は変われどいつもと同じ、四人あつまりゃ何かが起こる。今年最後の夏休み、ただで終わると思っちゃいない。みんなが待ってる屋根の下、明日帰ろう…さあ、グリーンウッドヘ…。

END