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恐怖のお正月

恐怖のお正月

 『なぜなんだ!?』
歩きながら一也は思った。正月三が日は家に帰り、こたつに入り、すみれちゃんの作った美味しい御節料理を食べて過ごそうと決断していたにもかかわらず、一也は今、忍、光流、瞬の三人と初詣への道程を歩いている。そして何を血迷ったのか(いや、いつものことかもしれない)、瞬が振り袖を着て、髪まで結っているのだ。
「たまには四人そろって初詣でするのもいいな」
忍が言った。 
「そうだな、俺たちは邪魔かもしれないけど」
と、忍と光流は一也と瞬の方をいたずらっぽく見た。瞬は一也の二の腕にしがみつき、ニコッと笑った。
「何のつもりだよ瞬、さっきからへばりついて、いい加減離れろよ」
ゴチッ!
光流が一也の後頭部をゲンコツで殴った音である。
「何すんですか先輩!?」
「自分の彼女に向かって何を言う!ちっとはいたわらないと逃げられちまうぞ!」
光流に怒鳴られしばし沈黙…。
「か、彼女ぉ~!?だ、誰が!?」
忍と光流が同時に瞬を指差し、瞬も自分を指差した。
「ま、また先輩たち、悪いジョーダンで俺をからかって、何で瞬が俺の…」
「はいはい、とっとと歩こうね」
一也の訴えは無視され、光流に後押しされると、再び一也は瞬と並んで歩き始めた。
正月草々何なんだ~。先輩たちも瞬も俺をからかって…これはきっと何かの前触れ…
バシャ!
一也が妄想にふけっている時、四人の横を黒塗りのベンツが通り過ぎた。一也と瞬にドロ水をひっかけて。
「姉さん…」
ベンツの後部席にチラと見えた、三日月形の笑いを浮かべた女性を見て取って、忍がつぶやいた。
「いや、実は昨日冗談なんだが、姉さんのマンションにお年玉下さい…って電話したんだ。いやー、姉さんらしいお年玉だなぁ、ハハハ」
あまり表情を変えずに忍が笑った。
「感心してる場合かっ!」
一人納得している忍に光流が叫んだ。
「あーん、せっかくの着物がぁー 」
ベソをかく瞬。道路側を歩いていた一也は、もろに頭からドロ水をかぶってしまった。
「おっ、あそこに銭湯があるぞ!おあつらえむきだ。お前たち、朝風呂で体洗ってこい。その間に俺たちが服を調達してきてやるから」
と、光流は一也の目の前に右手を差し出した。
「なんですか?」
一也はその手をじっと見てから、上目使いで答えた。
「金だよ。寮になんて戻ってる時間なんかないだろ、開いてる店さがしてみつくろってきてやるから」
一也は絶句しながらも、サイフの口を開けた。とたんになけなしの万札を抜き取られた。一弘からもらった唯一のお年玉であった。
「じゃあな、ゆっくり入ってろよ」
二人は手を振って去って行ってしまった。
「ささ、早く入ろ、スカちゃん」
瞬に手を引っ張られ、一也は『梅の湯』と書かれたのれんをくぐった。
「お、おい瞬、お前どっちに入る気だ!?」
女湯のドアに手をかけている瞬に一也は驚いた。
「どっちって、女湯に決まってるでしょ!」
瞬は顔を赤らめて、さっさと女湯に入って行ってしまった。
『う、うそだろー!?』
まさかというか、ついにというか、プールの女子更衣室に無理矢理(?)入れられ、鼻血を出したことのある瞬が、女湯に入った…。一也は悪夢を見ているようであった。

「はい、おつり」
忍に百円玉五枚をわたされた一也は、瞬とお揃いのトレーナーとジーンズに身をつつんでいた。
「何で俺が瞬の分まで買わなきゃいけないんですか!?それに五百円って…」
顔面蒼白になりながら、忍に訴えた。
「当然じゃないか、お前の彼女なんだから」
一也はガックリと地面に膝をついた。
『これは陰謀だ。計画的な陰謀に違いない。あの一万円だって後できっと返してくれるんだ』
一也は冷や汗をタラタラ流し、拳を握り締めながらそう思うことにした。そう思わなければ、自分が救われないような、自分で言うのもおかしいが、あまりにもかわいそうな気がしてならないからであった。

「あ、あそこにおしるこ屋さんがある!ね、入ろ入ろ」瞬にせがまれて三人はしるこ屋に入ることになった。
「よし、俺がおごってやる。何杯でも食べろ!」
光流が胸をドンと叩いた。
瞬は素直に喜び、忍はもちろん遠慮なんてしない。一也だけが疑いの眼で光流を見据えた。怪しい…。
 ついに一也だけ何も食べずにいたのだが(今までのショックで食べ物が喉に通らなかったというのもあるが)、レジで光流が自分のサイフからお金を払うのを見て、少し後悔したのであった。               

 なんだかんだといっているうちに、四人は神社の鳥居の前まで来ていた。
「こんなに階段あったっけ…」
緑林寮から電車に乗ること約十分、徒歩十五分。今、彼等の目の前には数百段の、しかも先が霞んで見えない、果てしない階段があった。
ここの神社、こんなに階段あったっけ…?。階段を見上げながら、再び一也は思った。
「スカちゃーんはやくぅー」
瞬が手を振っている。いつの間にか三人は、階段の一〇〇メートルほどまで上っていた。
「うそだろー!?」
急いで三人の後を追う一也。足の早い一也であったが、なぜかなかなか追いつかない。ハアハアと息を切らせて上る一也。楽しげに笑いながら上る三人。その距離は一向に縮まらなかった。
やっとのことで三人に追いついた、と思ったら、そこは頂上だった。
「何なんだこれは~!?」
三人はスイスイと人込みの中を歩いていく。それをヨロヨロと必死で追っていく一也。           「ま、待ってください先輩…」
一也は三人の背中に一生懸命手を伸ばした。
「わるいな蓮川、賽銭までもらって」
いつの間にか、四人は並んで境内の前で柏手を打っていた。
「へ?」
と思い、ポケットに手をつっこむ。百円玉一枚しか残っていなかった。
正月草々何てことだ!これは夢だ、悪夢に違いない!一也は思った。まるで奈落へ突き落とされた気分だ。
「夢なんかじゃないぞぉ~はすかわ~」
いつのまにか神社は消えてなくなり、真っ暗な中にたった一人、一也はいた。そしてその暗闇の中にボウッと三人の顔だけが大きく浮かび、一也に迫って来た。
「う、うわぁーっ!!」
悲鳴を上げ、足を縺れさせながら逃げだす一也。
三人の顔は、一也を飲み込まんとばかりに口を開け、急接近してきた。

「うわぁーっ!」
 全身汗だくになり、一也は布団を跳ね除け飛び起きた。そしてゼエハア肩で息をして、目をパチクリさせた。
辺りを見渡すと、そこは見慣れた部屋、蓮川家の一室であった。                     「ゆ、夢だったのかー」
ホッとして顔を手の中に埋めた。
「どうした、一也?」
一也の悲鳴を聞いて、一弘がやってきた。その後ろから、着物姿も艶やかなすみれちゃんが顔を覗かせた。その姿に少しの間見とれてから、一也は気がついた。今日は一月二日、お正月の最中なのである。
「…と言うことは…今のは初夢…」
一也は全身から血の気が引いていくのを感じた。夢とはいえ、新年草々幸先の良くない夢を見てしまったからだ。今年も一年、不幸を背負って歩く様、義務付けられたかのようであった。

 こたつに入り、すみれちゃんの作った御節と雑煮を食べ、一時だけの幸せに浸るこの少年に、明日の幸せは保証されていなかった。            

END