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不実な狼たち

不実な狼たち

 雪降る三学期の試験の中休み、緑林寮のメンバー蓮川一也と池田光流はこたつに足を突っ込み、黙々と勉強に励んでいた。
「だーーっ!退屈だなぁー」
鉛筆を放り投げ、沈黙を破ったのは光流であった。
「最近特に変わったことないし、何かこうパーッと起こらないかな。パーッと」
とジェスチャーを交えて一也に言ってみるが一也は無視し続け、ひたすら勉強に没頭する。
「と、ところで忍と瞬はどこへ行ったんだ?」
教科書をこたつから下ろし、かわりにみかんの入ったかごを置き、ひとつ手にとって剥きはじめる。
「…瞬の弟が遊びに来るそうで駅まで迎えに行ってますよ…言いませんでした?」
「お?そうだっけか」
みかんを口に運びながら、今度は新聞を広げる。
「先輩は試験の心配しなくていいからいいですね!」
皮肉いっぱいに、次第に一也の額に怒りのマークが浮き出てきた。が、光流の耳にはすでにヘッドフォンが…。
その時だった。
「た、大変だぁっ!!」
勢いよくドアを開ける音がしたかと思うと、大声と共に青ざめた顔の瞬が慌てて入ってきたのだ。その様子が目に入った光流が「何だ」とばかりに顔を上げ、ヘッドフォンをはずした。瞬は肩でゼエゼエ息をすると、半分泣きそうになりながら光流にすがった。       
「れ、麗名がさらわれた!」
一瞬硬直する光流と一也。
「さらわれたって…どうして!?忍も一緒じゃなかったのか!?」
「一緒だったよぉ!でも、でも…!」
みるみる瞬の目が潤んでくる。
「先輩がさっき変なこと言うから!」
硬直の解けた一也がとっさに叫んだ。
「何で俺のせいなんだよ!」
光流が叫んだのと同時に窓ガラスが鋭い音を立てて割れた。畳に転がる石にくるまれたメモ。中にはこう書かれてあった。
  -弟を返してほしくば、後程連絡する場所へ如月瞬を連れて来い-
「本当にさらわれたんだー!」
青ざめた表情で実感する一也。
「麗名はぼくの代わりにさらわれたんだ!忍先輩がぼくをかばってるスキに麗名が!」
瞬はショックにあまり取り乱していた。
「警察に連絡をー!」
一也は部屋を飛び出そうとしたが、後から戻ってきた忍に部屋の入口で止められた。
「瞬の弟を殺す気か?見ろ、このメモを。-警察に連絡すれば命はない-と書いてあるじゃないか」
畳の上に放り投げられたメモを拾い、忍は言った。
「だったらどうすればいいんですか!?このままほおっておくんですか!?」
一也は忍を睨んだ。どうしてもじっとしていられない。
「とりあえず、俺達で何とかするんだ」
忍と光流が目で合図する。

「こんなことしょっちゅうだったけど、まさか麗名が誘拐されるなんて…」
こたつを囲んで四人はうつむいていた。
 兄の試験の中休みを利用して、瞬の弟が久々に遊びに来ることになった。忍が付き添い、瞬と一緒に駅まで迎えに行ったのだが、まさかの誘拐事件に犯人の指示通りにするしか他になす術がなく、困惑していた。
「俺、何か買ってくる…」
突然忍が立ち上がった。
「先輩、こんな時によくそんなことが言ってられますね」
無神経な、とばかりにボソッと横目で言ったのは一也であった。
「腹が減っては戦はできぬ…ってね」
一也を冷ややかに見下ろし、そう言って忍は部屋を出ていった。しばらくすると、寮生の一人がやって来た。
「おい瞬、電話だぞ」
三人は一斉に顔を見合わせた。

「もしもしー!」
瞬は電話にかじりついた。
「で麗名は!?もしもし!?もしもし!?」
相手は要件を告げると電話を切ってしまった。
「犯人は何て?」
受話器を置き、かすかに震えている瞬の肩をつかんで光流が聞いた。
「今日の午後三時に駅前の喫茶店へ来いって」
「三時まであと十分くらいしかないですよ」
壁に掛けられている時計を見ながら一也が言った。
「じゃあ、瞬とお前は先に行け。俺は忍が戻ったらすぐに行く」
そう言って三人は別れた。

 テーブルを挟んで向い合ったまま動かない二人。すでに注文したコーヒーは冷めていた。店内の時計は約束の三時をほんの少し回っている。ふいに店内の公衆電話が鳴り、身を固くする二人。
「お客様の中で蓮川様はいらっしゃいますかー?」
電話に出たウェイトレスが受話器を片手に店内を見渡す。一瞬顔をみあわす二人。
「蓮川さまぁー?」
「あ、はい!」
二度の呼び出しに慌てて返事をし、席を立つ一也。受話器を受け取り、しばらくして一也の表情は変わった。そして乱暴に受話器を置くと、窓の方へ駆け寄り外を見た。店の前を走っている道路の向こう側の、ちょうど信号の横に位置する電話ボックスに見知らぬ男を発見した。男はトレンチコートの襟を立て、深めにかぶったつばの広い帽子と黒いサングラスで顔をかくしていた。そして一也の方を見るとニヤッと笑ってみせるのだった。
「あいつ!」
一也は店を飛び出した。その後を瞬も追いかけた。が、一也が電話ボックスの扉を開けた時には、その男の姿はすでになかった。
「一体どうしたの、すかちゃん!?」
一也の突然の行動に驚き、そう聞くのが精一杯だった。
「あいつだよ、犯人!次の連絡をしてきたんだ。明日、瞬を連れて地図の所へ来いって」
「地図?」
足元を見ると四ツに折られたメモが落ちていた。一也はそれを拾い上げた。
「瞬!」
信号の向う側で光流の声がした。横にはコンビニの袋を下げた忍の姿もあった。

 次の日、犯人の呼び出しに午後七時という時間指定があったため、四人はとりあえず定刻通りに通学し、試験を受けた。が、試験中も一也は気が気ではなかった。こ憎らしいガキではあったが、それはそれ、時と場合による。それに仮にも瞬の弟なのであるから、他人事では済まされなかった。
 試験終了のチャイムと共に一也は素早く席を立ち、寮へ戻った。他の三人も既に戻っていた。
「行くぞ」
地図を持って立ち上がったのは忍だった。
「え?でも時間までまだ何時間もありますよ!?」
と一也は驚いた。
「行く途中何があるかわからないから早目に出たって損はないの!」
と今度は光流。ちょっと冷静になって考えてみた。言われてみればそうだ。仕方なく一也はそれに従った。
 地図の通りに四人はテクテクと歩いていった。そして地図の示す場所に辿り着いてみると、そこは電話ボックスであった。そしてその中には同じような地図が落ちていた。
「何、これ。次はこの場所に来いってこと?」
と瞬が不安げに言う。
「だろうな。やっぱり早めに出て来てよかっただろ?約束の時間に遅れて瞬の弟に何かあったらたまらんからな」
光流先輩の判断は正しかったんだ。と一也は久々に(?)尊敬のまなざしで光流を見上げた。
 そして地図の通りに歩けば地図に当たり、またその地図の通りに歩けば地図に当たる…ということを何度も何度も繰り返すうちに、犯人の指定した時間が迫ってきた。
「どうやらこれが最後らしい…」
と地図を拾い上げた光流が言った。延々数時間歩き続けた四人。足が棒のようになっていた。
「こ、この犯人、俺達に何か恨みでもあるんですかねぇ」
と疲れきった一也がこぼす。そして再び地図の場所を目指す。
「あ…れ?」
ふと一也が立ち止まった。
「どうしたの、すかちゃん」
「いや、何か見覚えのあるところだな…と」
「え?そ、そう?」
と言いながらすたすた歩く三人。その後を?しながら一也がついて行く。見慣れたブロック塀の角を曲がり、見慣れた公園のわきを通り、最近新しくできたピザの店の前を通り…そして目的地に着いた一也は愕然とした。
「緑林寮…!?」
そう、地図の示す場所とは緑林寮だったのであった。
「どうして…!」
言いかけた一也の口を光流が押さえた。
「しっ!中にいる犯人に気付かれたらどうするんだ、このタコ!」
冷や汗タラタラで光流に押さえ込まれ、体をこわばらせた。
「犯人は銃を持っているかもしれないぞ」
壁に体をピタッと密着させながら、忍が寮の玄関口の様子を伺う。
「銃!?」
再び大声を出してしまい、今度は頭を殴られた。
「行くぞ!」
忍の言葉を合図に四人は寮の中へと入って行った。意外なことに、寮の中は静かだった。それに日も暮れたというのに、どの部屋にも明りはついていない。
「どうやらこの部屋らしい」
二階へ続く階段を上り、見覚えのある部屋の前で四人は立ち止まった。そして忍がそっとノブを回す。ドアは音を立てずに内側に開いた。そしてやはり、明りのついていない部屋の中へすっと体をすべりこませた。途端にパンッ!という銃声に似た音が廊下にまで響いた。
「先輩!?」
驚いた一也がとっさに部屋に飛び込んだ。
パンッパンパンパンッ!!
「うわーっ!」
一也はその場に転げこんだ。部屋が真っ暗なので何が何だかわからない。が、どうやら撃たれた感じもなく、無傷であることがわかった。
「先…輩…?」
真暗な部屋の中を見渡すが、辺りはシンとしているだけで光流や瞬の姿も見当たらない。といきなり部屋の明りがつき、白い光に視界を奪われた一也は手で目を覆った。
「ハッピーバースデー蓮川!!」
一瞬何が起こったのかわからず、呆然とする一也。
「お誕生日おめでとう」
麗名がプレゼントの箱を持って、ニコニコと一也の前に歩み寄ってきた。一也は暫く麗名の顔をじーっと見ると、「よかったー」と安堵の溜め息をもらしだきしめた。がふと気が付くとその後ろには缶ビールを手にした忍と光流、そして瞬がいるではないか。一也の顔色が変わった。ようやく気付いたようである。
 パンパンパンッ!再びクラッカーが一也目掛けて鳴らされた。そのまた後ろには数人の寮生もいた。部屋の隅には昨日見掛けたトレンチコートと帽子が…。いつの間にか忍が黒いサングラスをかけてすまして立っている。クラッカーの紙テープや紙吹雪を頭にのせたまま、暫くは呆気にとられていた一也だったが、急に青い顔をしてその場にうずくまった。
「…ど、どうしたの、すかちゃん!?」
どきりとして瞬が駆け寄る。
「い…胃が…」
もうだめだとばかりに瞬によりかかる。
「すかちゃん!?」
瞬の肩越しに舌を出す一也。
「あーもう、びっくりしたなぁー!!」
とぷんぷんする瞬。同時にどっと笑いの渦がまきおこる。
「これでおあいこ!」
ちょっとうつむきながら、恥ずかしいので目線をそらしてニッコリ笑った。


 お祭り好きの寮生たちは、何かにつけて騒ぎたがる。この日も飲めや歌えの大騒ぎ。今日の主役は何する人ぞ、楽しければそれでいい。
 そう、ここはグリーンウッドだから。

END