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華恭苑学園戦記 エピソード2

華恭苑学園戦記 エピソード2

 抜けるような青空の下、華恭苑学園高等部の体育大会が催されようとしていた。
 約一週間という短い準備期間を経て、各クラスごとに応援旗やハチマキを用意し、独自の応援を展開する。それらを全て仕切るのが、体育部・体育委員の総委員長を務める蕾の役目であった。普段は授業をバックれたりと、問題行動の多かった彼だが、年に一度のこの時期だけは、その態度も一変し、行事に打ち込む姿は教師を圧倒させ、女生徒をうっとりさせ、ファンを増やす要因の一つになっていた。
「蕾は昔からあれしか能がなかったからね」
 小さい頃から、頭を使うことより、体を動かすことの方を好んでいた蕾を思い出し、朝早くから器具等の準備に数名の委員を連れ、グラウンドを駆け回る蕾を眺めていた透に、東雲がにこやかに呟いた。
「おめぇ、すました顔して結構キツイこと言うな」
 学園一の優等生と、不良。対局にあった二人だが幼馴染みのせいなのか、とても仲が良かった。本人達はそんなことはないと否定するのだが、周りの誰から見てもそれは明らかな事実であった。
 幼児部のころから蕾はかけっこではいつも一番をとっていた。玉入れも百発百中で、力も強かったため、大きな球転がしも片手で楽々だった。
『そう言えば小学部の時、蕾と二人三脚をやって息が合わずにスタートからゴールまでおもいきり引きずられたことがあったっけ・・・』
 うつ伏せに倒れたのだが、そんな自分を起こそうともせず、力任せにそのまま足を引っ張られ、顔中を擦り剥いたのを思い出し、涙が出そうになった。
『確か中等部の時は体育大会の間は何もなかったけど、その後の打ち上げで飲酒と喫煙がみつかって特別指導に入れられたっけ・・・』
 そんな彼も、高等部に入ってからも体育委員に所属し、過去の実績も手伝って1年の時から総委員長を任されていた。そんな彼は後輩からの信頼も厚く、同級生からも慕われていた。特に彼を慕っていたのは、学園の「四天王」と呼ばれる斗騎、小岐、九赤句、野重の4人だった。今も蕾の手となり足となり、蕾の指示通り大会の準備を円滑に進めていた。

「くぉら!東雲!!放送設備の点検はもう済んだのか!?」
 生徒会本部役員であり、放送部にも所属していた東雲を見つけ、グラウンドの反対側から蕾が怒鳴った。
「私はきみとは違って昨日の内にチェック済みなのだよ」
ニコニコしながら手を振って応えた。
 そんな東雲を忌々しそうに睨みつけ、しかし入場門で作業をしていた委員に呼ばれ、蕾は踵を返した。
 そろそろ委員以外の生徒の登校が始まり、学園は徐々に賑わいを見せ始めていた。


「あれ?一華さんと鈴原さんは?」
 学園内の事務室で、いつも定時前には出勤しているはずの二人の姿が見えず、事務長が係長に尋ねた。
「今日は午前中、年休の届けが出てましたけど」
「・・・・・・」
 何を思ったのか、事務長は深い溜息と共に席に着いた。

 今年の学年カラーは1年は青、2年は若葉、3年は赤であった。学年カラーは進級するとそのまま持ち上がるので、3年間変わることはなかった。つまり今の3年が卒業すると、次の新入生の学年カラーが赤になる仕組みだ。
 学年別に分けられたジャージに身を包み、総委員長の蕾の「開会の言葉」とともに、いよいよ体育大会の幕は切って落とされた。
 午前中、フィールド内では綱引き、長縄跳び、棒高跳びなどの競技が行われ、その外側では男女別、学年別の100メートル走、200メートル走、500メートル走などの予選と決勝が随時行われていた。大会が始まる前まで役務に励んでいた蕾も、殆どの競技に参加し、一番を取ってはクラスから、他の学年・クラスの女子から黄色い悲鳴を浴びていた。
 蕾が自分の席に戻った頃、再び黄色い悲鳴がグラウンドに響いた。200メートル走・決勝で東雲が一位を獲得したのだ。爽やかに汗を飛ばす東雲に、女子達は夢中になって声を張り上げていた。「天は二物を与えず」とはいうが、東雲は学園始まって以来の超優秀生徒。勉強だけでなく、運動能力にも蕾には及ばずとも在る程度優れていた。昔からそれが気に入らなかった蕾は、自分の得意分野である体力・運動面で無意識のうちに東雲と張り合うようになっていた。今も役務の都合上出場できなかった種目で一位を取り、女子に微笑んでいる東雲を見ると、無性にむかついてならなかった。

 寸前になってのメンバーの変更や、一年生委員の段取りの手違いなどでプログラムの進行が少し送れていた。オロオロと焦る後輩に、怒鳴るわけでもなく、蕾は「気にするな」と優しく声を掛けるあたり、蕾が慕われる要因の一つであった。

「午前中のシメは我が学園伝統のフォークダンスよ!」
「なんで午前中のシメなのかは誰も知らないけど、和やかな雰囲気のままお昼ご飯に持ち込めるのがいいんじゃない?」
「でも時間が押してるね。このままだとやばいよ!」
「ちょっとくらい遅れたって大丈夫よ。バレない、バレない」
 蕾が先頭に立ち、大声を張り上げながらクラスの応援をしている一番後ろで、二人の女生徒がコソコソと会話を交わしていた。
 12時には午前の部が終わるはずだったが、今年は開始時間が少し遅れたのもあってすでに時計は12時を十数分回っていた。
 そして遂に競技が終了し、フォークダンスのための移動が始まった。不思議とこの学園には、高校生にもなってやらされる体育大会でのフォークダンスを嫌がる者は誰一人としておらず、特に女子達は東雲・蕾と踊れることをそれはそれは楽しみにしていた。
「いよいよね」
「ええ、いよいよですわ!」
 お互い、ニヤリと目配せすると、3年前の卒業生から譲り受けた赤のジャージに身を包んだ「なんちゃって女子高生」の二人が、さり気なく移動する生徒の波に紛れ込もうとした。
「一華さんと鈴原さん、そろそろ着替えないと仕事に間に合わないぞ~」
 突然背後で聞き覚えのある声がした。
「!?」
 事務長であった。
「いゃ~、蕾と踊るの~~~!」
「はーなーしーてぇーーー!」
 またもや嫌がる二人の襟首を掴むと、ズルズルとグラウンドを引きずりはじめた。
「あっ、萌ちゃん!助けてー!」
 最近、事務室に化学室の鍵を借りに来る萌葱という女生徒と、東雲・蕾絡みで仲良くなっていた二人は、その姿を見つけると、思わず助けを乞うた。しかし萌葱は笑顔で手を振り二人を見送ると、とっととフォークダンスの輪の中に潜り込むのであった。
 しかし、次の相手がようやく蕾というとき、無惨にも曲は終わってしまい萌葱は涙にむせぶのであった。
 こうして波乱の体育大会午前の部は終了した。


 午後一番のプログラムは「仮装大会」だった。クラスの担任、または代表生徒がモデルになり、いろんなアイテムを持った生徒たちに次から次へと飾り付けられていく。最初はパンツ一枚の姿でグラウンドの真ん中に並べられ、応援の生徒たちの笑いで包まれるのだが、今年は笑いよりも黄色い悲鳴が遥に勝っていた。そう、東雲がいたのだ。もちろん蕾も候補に上がっていたのだが、役員で忙しいことを理由に何とか逃れることが出来た。が、東雲はそうはいかなかった。半ば強引に出場を決められ、あられもない姿を全校生徒の前にさらすことになった。しかしそんな姿も女子たちからすれは願ったりかなったりであった。
 アニメのキャラや動物、人物本人とは真逆なキャラなど、いろんなパターンで仮装させられていく参加者の中、東雲は髪の毛をリボンで二つに結ばれ、ブラウスにリボンネクタイ、白いソックスにチェックのミニスカートと、学園の女子生徒の制服を身につけられていた。
「情けない奴め・・・」
 されるがままの東雲の姿を溜息混じりで眺めつつ、理由が何であれ、内心、断って良かったと胸をなで下ろしながら蕾が呟いた。
「こりゃいいや」
 と、その横では面白そうに透がデジカメでメイキング写真を撮っていた。
「そんなもの、どうするのだ?」
 不思議そうに蕾が尋ねる。
「後で売るんだよ。女子生徒に!あいつの生写真、人気あるんだぜ!」
 そんな透に呆れながらも、蕾は次の競技の準備のため、席を立った。
「ホントはお前と東雲のツーショットが一番人気なんだけどな」
 と透はほくそ笑みながら、走っていく蕾の後ろ姿に呟いた。
 

 突然だが、体育大会最後の競技、「クラス連合5000メートルリレー」が始まろうとしていた。これは1~3年生の同じクラス同士が協力し合い、一人200メートルを走るというもので、体育大会自体の得点には直接関係していない。しかし全校生徒がこの競技に全力を尽くす。なぜならこの競技は学園伝統の別名「太っ腹企画」と呼ばれるもので、この競技で優勝したクラスの者全員に食堂の食券五千円分が配られるのだ。1学年8クラス、1クラス40人なので多く見積もっても120人分もの無料食券が配られることになる。さすが華恭苑学園!
 蕾はA組の、もちろんアンカーだが、B組の東雲もなぜかアンカーになっていた。
 A組の生徒たちは蕾に全てを託し、余裕の表情だった。この時ばかりは蕾を慕っている四天王たちもクラスが違うため全力で挑んでくる。
 スターターピストルの音で競技は始まった。白熱する応援の中、各クラスのランナーたちは全速力でトップを争う。この競技の参加者は各学年とも、クラスの中で最も足の速い者を選出しているが、それに当てはまる者がいない場合、出たがりの自己申告者やくじ引きで選ばれる場合もあった。曄や萌葱は後者だった。
「あ~ん、もう限界~~~」
 蕾が率いるA組の曄はトップでバトンを受け取ったにもかかわらず、ヘロヘロになりながら半周遅れでバトンを繋いだ。
 曄からバトンを受けたのはアンカー蕾だった。すでに前方には南風王や他の生徒たちの活躍でトップに躍り出ていた萌葱から、バトンを受けた東雲が全速力で走っていた。
 東雲にだけは、いや、相手が誰であろうと負けはしない。蕾は体制を低くすると、疾風のごとく駆けだした。その速さは凄まじく、また一点を睨みながらも走る姿は誰よりも美しく、周りの者を魅了させた。
 あっという間に東雲に追いつくと、外側から抜きにかかった。その時。
「あっ!」
 緊張のあまり、強く握っていたはずのバトンが東雲の手からスルリと抜け落ちた。
「うわあっ!!」
 グラウンドに落ちたそれを、よけることが出来ず、蕾はそれを踏みつけ、つるりと見事にひっくり返ってしまった。
「つ、蕾!!」
 背中から地面に叩きつけられるように倒れた蕾に、東雲は思わず駆け寄った。その脇を次々と走者が駆け抜けていく。
「蕾!大丈夫かい!?怪我は!?」
「あいたたた・・・」
 しこたま身体を打ち付けたが、何とか上半身を起こすことが出来た。その視線の先にはゴールテープを切り、ガッツポーズでクラスの皆と喜び合う他クラスの生徒がいた。
「蕾、ごめんよ。私としたことが・・・」
「だ、大丈夫だ。気にするな」
 全クラスの期待を担っていた蕾は、1位でゴールできなかったことに悔しさこそあったが、大きな事故もなくこれで無事に体育大会が終わったのだと思うと、ほっと胸をなで下ろしていた。
「うわっ!?」
 そんな心境の蕾をよそに、東雲は蕾を両手で抱え上げた。
「な、何をするんだ!東雲!!」
「何って、傷の手当てをするんだよ」
 そう言うとジタバタする蕾をしっかり抱え、救護班のテントへ走った。その光景にグラウンドからは、落胆の溜息をかき消すように黄色い悲鳴があがった。

「なにもお前がやらなくても救護委員がいるだろう!」
 救急箱を傍らに置くと、東雲はてきぱきと作業にかかり始めた。
「私は救護委員長でもあるんだよ。・・・足は挫いてはいないようだね」
 足首に異常がないか、調べている東雲の口の端がニヤッと笑ったような気がし、蕾は口をパクつかせた。

「はい、できあがり」
 地面に打ち付けた両肘の傷口を綺麗に消毒し、ご大層にも丁寧に包帯を巻くと満足そうに東雲は微笑んだ。
「礼など言わんぞ!そもそもこれはお前のせいなんだからな!」
「わかってるよ。そのかわり、毎日傷の様子を診せておくれ」
「ば、ばかかお前は!誰がそんなことするか!!」
 東雲の台詞に顔を真っ赤にした蕾は慌てて立ち上がると、とっとと応援席へと走り去ってしまった。


後日。
 生徒昇降口の傍らでは、先日の体育大会で写真部が撮影した写真が販売されていた。そしてその隣のブースではなぜか凄まじいほどの人だかりが出来ていた。99%女子の山が漁っていた写真は、体育大会で活躍した蕾と東雲の写真だった。その中でも最も人気があったのは、「蕾をお姫様抱っこする東雲」と「見つめ合いながら蕾を治療する東雲」の写真であった。
「なんだこれわーーーーーっ!?」
 その写真を入手した蕾は顔を真っ赤にして抗議しようとした。
「まぁまぁ、落ち着いて」
 呆れ顔の東雲が、蕾を軽くなだめた。
「これが落ち着いてられるか!お前は平気なのか!?」
 怒りの矛先が東雲に向いた。
「いや、そう言うわけでは。でも、まさかこんなところを撮られてたなんて・・・全然気付かなかったから・・・。それにこの写真を撮ったのはきみの親友だよ?」
「!?」
 そう、これらの写真を激写し、販売していたのは何を隠そう、透本人だった。
 暫く言葉もなく、口をあんぐりと開けていた蕾だったが、拳に力を込め始めると怒りのオーラを発し始めた。
「とーおーるぅー!」
 その気配に気付いた人だかりが一瞬振り向き、左右に割れた。その奥には大量の写真を前に鎮座する透の姿があった。
「よ、よぉ蕾!」
 蕾の形相に顔を引きつらせながら、透は愛想笑いを浮かべた。
「きゃーっ!蕾よぉーーーっ!!」
 どこからともなく悲鳴が上がると、今しも透に飛びかからんとしていた蕾に女子の群れが襲いかかった。
「げっ!!」
 
 蕾が女子にもみくちゃにされた拍子に落とした写真が、廊下の陰に隠れていた東雲の足下にヒラリと落ちた。東雲はそれをそっと拾い上げると、小さく微笑み、胸の内ポケットにさっと忍ばせた。

「全種類、2枚ずつちょうだい!観賞用と保存用に!」
 騒ぎに便乗して、こっそりと写真を買いにやって来たミーハー事務員が二人。常連であることは言うまでもない。


 その後の騒動は・・・おわかりですよね?


おわり