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Missing you

Missing you

「春日・・・君、恋をしているね?」
 それは桜の花もそろそろ満開になろうかという頃、ぽかぽかと春の陽射しが心地よい昼下がりのことだった。
 ある場所に事件性を感じ、東皇使を呼び出した春日だったが、うっとりと夢うつつにひらひら舞うその姿に、東雲はにこやかに尋ねた。
「えっ!お、おわかりになりますぅ?」
 春日は東雲の問いに否定せず、あっさりとその事実を認め、頬を赤らめるとパッと輝かしい笑顔を東雲に向けた。
「そりゃ、君の表情をみていればね」
 彼は東皇使。恋愛をも司る緑仙である。それくらいのことが見抜けなくてその役職が務まるわけもなく、ましてや今の春日をみれば、誰だってわかること間違いなし。そんな幸せそうな笑顔を春日は浮かべていたのだから。
「で、どこの誰なんだい?君が想いを寄せている相手は」
「そ、それは・・・」
 もじもじと照れながらも、東雲に一部始終を話そうとしたときだった。

「東雲!!」
 ふわりと東雲と春日の間に舞い降りたのは、果たして御大花将 蕾であった。
「おや、どうしたんだね。君、確か天界へ行ったのでは?」
 下界に在るはずのない蕾の姿を見咎め、東雲は目を丸くした。しかしそこは蕾のこと、天界へ戻った直後に下界に居たとて、なんの不思議もなく、ゆえに今蕾が目の前に現れたからと言ってさほど驚くようなことでもなかった。そんな蕾の性格は東雲が一番よく知っていたからだ。
「さてはまたお役目を抜け出して来たのだね?」
 春は花仙たちの最も忙しい季節である。そして本日天界で行われる式典に出席するようにと、数日前から薫にうるさく言われていた。隙を見ては逃げ出し、薫をかわしていた蕾だったが、今朝方、ついに薫に泣きつかれ、渋々天界へ戻っていたはずだった。
「あんなかったるい式になど出ていられるか!眠くてしょうがないわ!それにオレがいなくとも恙なく進行するではないか」
 じっとしていることや、面倒な儀典が大の苦手なこの暴れん坊は、あれやこれやと理由を付けてはお役目を放り出し、抜け出すこと数えきれず。確かに今回の式典は御大花将が直接係わるものではなかったにしろ、きっと今頃、華恭苑では薫が袖を濡らし、錦花仙帝は静かに怒りを押し沈めていることであろう。
 東雲は思いを巡らせ、大きなため息をひとつついた。
「ところで、なぜ君がここに?」
 東雲は春日のもたらした不穏な情報をもとに、街からかなり離れた山間を訪ねていた。 春日の話によると、最近この辺りで自分の仲間でもある春の陽射しの妖精や、大地の精霊などの小さな者達が次々と何者かに襲われているという。その事実を確認するため、東雲と春日はここにいた。
「実はな・・・」
 と、蕾も式典の途中、何者かの助けを求める波長を感じ、式を抜け出しこの辺りに訪れたところ、東雲の姿を見つけた、ということだった。

 辺りは穏やかで、春は着実に大地を満たしていた。花精たちも健やかで、邪気も感じられず、一見何事もなく平和に見えた。
「ガセネタではないのか?」
 自分が飛んできた理由はそっちのけで、蕾は春日に向かって目を細めた。
「まあ!花将さまったら、私がウソをついているとでもおっしゃりたいのですか?でしたらなぜ花将さまはこちらにいらしたんですか!?」
 蕾に不振な目を向けられ、とたんに春日は頬を膨らませた。
「だーかーらー、助けを求める波長を感じたと言っておろーが!」
 蕾が春日につかみかかろうとするのを、東雲が春日をつかまえることでくい止めた。
「こにくったらしいヤツだ」
 自分のことは棚に上げ、子供同士の喧嘩のように睨みかえす蕾に、東雲は少々顔をひきつらせ、苦笑した。
 東雲の手の中で、ツーンとそっぽを向く春日をなだめ、
「春日、ここはもういいよ。後は私と蕾で調べてみるから」
 と、そっと手を離した。
「花将さまとご一緒じゃ、心配ですわ」
 春日はチラと蕾の方を見た。
「どーゆう意味だ!」
 蕾はずい、と春日の眼前に顔を寄せた。
「これこれ蕾、もうよしなさいったら」
 再び二人の間に割って入り、東雲は春日に帰るよう命じた。


「本当にあの粗野で乱暴な花将さまと東皇使さまが幼馴染みだなんて、信じられないわ」
 口が悪く、下界の不良少年のように酒をあおっては喫煙し、妙香花仙を泣かせる御大花将を幼馴染みに持つ、優しく聡明な東皇使に、春日は深い疑問を抱きつつも、同情の念を隠しきれなかった。
「どーして東皇使さまは、あの花将さまとあんなに仲がよろしい・・・!?」
 ぶつぶつと不満を口にしながら、二人のいる方を見つめつつ飛んでいたときだった。
「?なに、これ!?」
 体が何やらネバネバしたものにひっかかってしまった。慌ててはずそうと手足を動かすが、強力な粘着力のあるそれからは、容易にはずすことができず、逆に動くたびによけい羽や手足、髪などに絡まり、動けなくなっていった。
「こ、これって・・・」
 それは杉の巨木の頂上付近に張られた、下界のものとは明らかに違う蜘蛛の巣だった。
 ガサッ・・・と頭上で葉が揺れた。 
「きゃぁーーーっ!!」
 恐る恐る音のした方を見た春日は、あまりの恐ろしさに張り裂けんばかりの悲鳴を上げた。それはバスケットボールよりやや大きめで、黒と茶色のまだら模様の楕円の体に、棘のような細かな体毛のある八本の足を蠢かせていた。そして何より不気味なのは、例えではなく実際の人間のような顔を頭部に持っていたことである。散切り髪を振り分け、痩せこけた頬に青白い肌、細い目に小さな口。下界でいうところの蜘蛛。それが頭上から春日を見ているのだ。
「ほぅ、今度は春の陽射しの妖精か・・・。なかなかに美味そうではないか」
 しわがれ声の蜘蛛怪魔は口の端からツーとよだれをたらした。
「あ、ああ・・・東皇使さま・・・」
 糸が完全に体に絡まり自由を奪われた春日は、迫り来る怪魔に、顔からは血の気が引き、涙を浮かべながら体を強ばらせ、どうすることもできなかった。
 小さい口がニィと笑い、横に裂けたかと思うと、鎌状の巨大な牙が二本現れた。細かった目も大きく丸く見開かれ、獲物の姿をくっきりと映しだしている。じわじわと獲物に近づく怪魔は、口から糸を吐くと、さらに春日の体を絡めはじめた。恐ろしさのあまりもう、春日には助けを呼ぶ声すら出なかった。
『助けて、誰か!』
 春日は心の中で力一杯叫んでいた。そして脳裏には、あの時の美しい青年の姿がよぎった。
『もう一度、お会いしたかった・・・』
 涙ながらに自分の最期を覚悟したときだった。

「花炎祓濯!」
 叫ぶ声と同時に春日を捕らえていた巣は断ち切られ、あわや地上に叩きつけられそうになったところを東雲が両手でそっと受け止めた。
「東皇使さま!!」
 頭上では、断末魔の悲鳴とともに、蜘蛛怪魔が花炎の中、あっという間に消え失せた。
「大丈夫だったかい、春日?」
 東雲は優しく声をかけると、ネトネトする糸を木の葉や小枝を使って少しずつとってやった。
「どうやらお前が言っていた一連の現象はヤツの仕業だったようだな」
 暴れるには少々物足りなかったのだが、怪魔を退治し終えた蕾が二人のそばに舞い降りた。
「東皇使さま・・・」
 恐ろしさのあまり、自分の手の中でぐったりとする春日を見て、困ったように蕾に、
「それにしても蕾、少々荒っぽかったのではないかね。相手は女の子なんだからもう少し優しく助けてやってくれても良かったのに」
 と、言う東雲に蕾が憎まれ口をたたいた。
「ふん、オレはお前のように器用ではないわ。ったく、どんくさいこやつが悪いのだ。もう少し様子を見ようと思っていたのに、お前が早く助けてやってくれと急かすから、助けてやったのだぞ」
 助け方がどうであれ自分を助けてくれた、一瞬だけ垣間見ることのできた凛々しき花将の蕾に、ほんの少しの感謝の気持ちと好感を抱き始めた春日だったが、今の一言でそんな感情もすべて吹き飛んでしまったのは言うまでもない。やはりこの方はうわさ通りの方なのだと。

「わ、私は花将さまに助けてほしくなんてありませんでしたわ!きっと、きっと・・・東皇使さまが助けに来てくださると思ってましたもの!」
「なに!」
 恐ろしい目にあい、まだ微かに震える体であったにもかかわらず、強気に反撃する春日と、ぎゃーぎゃーと言い争う蕾を見て、東雲はため息混じりの笑みをこぼした。この二人は本当に仲が良いのか悪いのか、と。

 きっと東皇使さまが・・・とは言ったものの、本当はあの時の青年のことを思い出していたことを思い出し、春日は少し頬を染めるとうつむいた。


後日・・・ 
 中断していた春日の思い人の話に、東雲は絶句していた。
「凛々しくて、たくましくて、美しくて・・・きっと花のお方だと思いますの。とても高貴な花の気を纏っておられましたもの。東皇使さま、その方がどなたかご存じありません?」
 うっとりと話す春日に、誰か思い当たる者でもいたのか、東雲は少々大きく目を見開いた。
「え、それって・・・まさか・・・?」
 そして非常に怖い考えにたどり着きそうになった。
「慧兌回神と魔神馬復活の影響で下界が惨事にあったおり、邪気でふらふらになった私をそっと助けてくださいましたの」
 更にうっとりしながら語る春日に、東雲は玉の汗を浮かべた。
 そ、それはもしや、封印の解けた・・・。
「なんだ、なんの話をしているのだ?」
 そこにくわえタバコの蕾が姿を現し、東雲はドキリとした。
「花将さまには関係ありませーん」
 と、ツンとする春日に
「なんだとー、この前助けてやった恩を忘れたのかー!」
 とタバコの煙を春日の顔にまともに吹きかけた。
「げほ、げほっ・・・東皇使さまぁー!」
「待てくぉらー!」
 逃げる春日を蕾は目をつり上げながら追いかけはじめた。
 そんな二人を見ながら、東雲は頭を抱えた。
「きゃー、助けて東皇使さまー!」
 春日は助けを求めつつ、東雲の頭上を飛び越えた。
「おわっ!」
 そこへ蕾が突っ込み、二人は団子になった。
「言えない・・・あれは蕾だなんて、とても言えない・・・」
 蕾の下敷きになりながら、一人悶々とする東雲であった。
 そして春日の「春」は果てしなく遠かった・・・。

おわり