ka-rin-blog.cocolog-nifty.com > novel BUD BOY

ココロノカガミ

ココロノカガミ

このお話は、東雲の願望(妄想)・もう一つの可能性の世界である「万華鏡」(以下までを皇女蕾的パラレルワールドとお思い下さい)を前提としてお読み下さいませ。

     ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
 天界は花恭苑、蕾は自分の宮の部屋で目を覚ました。
「気分はどうだい?」
 声のする方を見ると優しく微笑む東雲がいた。
「東雲!無事だったのか!?・・つっ・・・!」
 東雲の無事な姿を見て、慌てて起きあがろうとすると腹部に鈍い痛みが走った。
「まだ無理をしてはいけないよ、傷は完全にはふさがっていないから」
 東雲はゆっくりと蕾の半身を起こすと、自分も寝台に腰掛け、蕾の背中を支えるように座らせた。
「おぼえているかい?露珈が現れたこと・・・」
 東雲の笑みは変わらなかった。
「ああ・・・」
 蕾は自分の左手を見つめながら小さく呟いた。まだうっすらと感触が残っていた。
「君が下界へ降りた本当の理由は誰にも言ってない。だから後で大目玉を食らうことになると思うけどね」
 東雲は少し楽しそうに笑った。しかしそんな表情もすぐに神妙な面もちに変わった。
「露珈のことで君が悩んでいて、思いあまって下界へ降りてしまったこと、気付かなくってごめんよ。それに私のせいで君にこんな怪我を負わせてしまった」
 東雲は不甲斐ない自分を恥じていた。
「そんなことを言うな。これしきの傷、お前が治療したのならすぐに良くなる。それに露珈が現れたのはお前のおかげなんだから」
     ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 様々な美しい花々が咲き乱れる常春の郷、華恭苑。花の帝、錦花仙帝の皇女であり、御大花将の位を賜ったばかりの蕾が、下界に降り、ひと騒動を起こし負傷したのは聖矛授与の儀を一週間前に控えてのことだった。
 今は儀式の前に大事を取り、不本意ながら毎日を寝台の上で過ごすことになっていた。しかしそんな扱いが気に入らず、隙あらば宮を抜け出そうと試みるが、老伯将の計らいで宮の周りは花士たちによって厳重に固められ、簡単にはそれを許してはくれなかった。

「まったくもってうっとうしい!」
 次期御大花将に任命されたものの、聖剣が現れぬことで思い悩んでいた蕾は下界で怪魔と対峙した折り、東雲を庇い背中から腹部にかけ大怪我を負っていた。しかし当の本人は体が鈍ることを嫌い、周りの心配をよそに剣を持ちたがった。

「蕾、あまり無理をいうもんじゃないよ」
 蕾の怪我の手当に訪れていた神扇山の第八皇子、東皇使 東雲が、包帯を替えながら軽くたしなめた。
 蕾の背中と腹部には、塞がってはいるものの、まだ生々しい傷跡が残っていた。これが自分の失態から招いた結果であることを思うと、東雲は強く悔やまずにはおられなかった。
「傷ならもう大丈夫だ。みな騒ぎすぎなんだ」
 表情を曇らせ、少し辛そうに手当をする東雲に気付き、蕾は言った。
「だけど退屈で死にそうだ。まさか聖矛授与の日までこうしてじっとしていろとでも言うのか?そんなの私はごめんだぞ!」
 手当の終えた蕾はゴロリと仰向けになった。
「確かに、一日足りとじっとしていられる君ではないものね」
 蕾の愚痴に納得した東雲がクスクスと笑った。そしてしばし何事かを考える仕草を見せてから、ポンと小さく手のひらを叩いた。
「・・・蕾。玉泉洞に行くかい?」
「玉泉洞?あの御霊泉の湧く洞窟か?」
「ああ。あの近くに薬湯(くすりゆ)の沸くところがあってね、それが傷によく効くのだよ。治療のためだと言えば老伯将も納得して君をここから出してくれると思うんだけど?」
 名案、とばかりに東雲は微笑んだ。
『温泉か・・・』
 と蕾は少し考え、とにかくここから出られるなら何でも良い、とニヤリとずるそうな笑みを浮かべ、すぐさま承諾した。
「いいだろう。退屈しのぎにもなる。今すぐ行く!」


 神扇山と華恭苑の境界近くにある玉泉洞は、鬱蒼とする森の中にあった。黒く大きく穿たれた洞窟を小さな灯りを携え、しばらく歩くと景色が一変する。そこは広くはないが、華恭苑のごとく花々が咲き乱れ、木漏れ日がキラキラと緑を輝かせる聖域だった。
 霊泉の湧く泉には祠が建てられ、訪れる者の誰もが禊ぎができるように水中には階段が設えられ、すぐ傍らには小さな東屋があった。その泉の脇を通り、さらに木々の奥へ進むと、ほんのりと湯煙が漂ってくるのがわかった。泉よりも二周りも三周りも小さな泉の底からはボコボコと湯が沸き出し、温かな湯気を立ち昇らせ、森林の香りを漂わせていた。
 東雲は抱えていた蕾の着替えがくるまれた布包みを傍らの木の下に置いた。
「つぼ・・・」
 声をかけようと振り向いた東雲の呼吸が一瞬止まった。その視線の先には帯を足下に落とし、今しも衣を肩から滑らせようとする蕾の後ろ姿があった。思わず一挙一動に釘付けになった。
 妙な視線に気付いたのか、ふと肩越しに蕾が振り返った。
「東雲、何を見ている!向こうをむいていろ!」
「あ・・・、ご、ごめんよ」
 睨みをきかされた東雲は顔を赤くすると、バツが悪そうに慌てて背中を向けた。
 チャプン・・・と静かに音がして「もういいぞ」と声がかかった。うっすらと漂う湯気の向こう、乳白色の湯から肩を少し出した蕾の顔が滲んでいた。

「どう?湯加減は。傷には染みないかい?」
 縁を楕円に囲むように設えられた岩に腰掛けながら、東雲が訊ねた。
「ああ、ちょうどいい。傷にも染みない」
 パシャっと蕾は片手で自分の肩に湯をかけた。

「ここはその昔、大火に見舞われたことがあるそうだよ」
 思い出したかのように東雲がぽつりと呟いた。
「え?」
「それは一人の花仙がもたらしたものらしい」
「花仙だと?そんな能力を持つ者がいたのか?」
 花仙と聞き、一瞬蕾の表情が御大花将へと変わった。
「ああ。なぜそんなことになったのかは、わからない・・・。その頃はその花仙に係わっていた者がここを守護していたらしい。でもそんなことがあってからここは結界で護られるようになった。あの洞窟、あれが結界の出入り口になっているんだよ」
「で、その花仙はその後どうなったのだ?」
「さぁ。詳しい話は知らないけど、それ以来ここだけ湯が沸くようになったらしいんだ」
「・・・ふぅん」
 自分の知らない昔話に、思いを巡らせるように蕾はうつむいた。全ての花や花仙たちを護るべく御大花将となった蕾。もしその大昔に自分が花将として存在していたなら、その花仙を救うことができただろうか。今は東雲一人も護りきれなかった自分に不甲斐なさを感じつつ、それでもかけがえのない者達を護りたい一心で、蕾は聖矛授与の儀をある意味心待ちにしていた。

『東雲・・・』
 湯気の向こうに揺らぐ東雲の横顔をぼんやり見ながら、聖剣が現れた時の自分をふと思い出した。あの時自分は何を思い、何を叫んでいただろうか、と。
「蕾?」
 そんな時に声をかけられたものだから、まるで思っていたことを声に出していて東雲に聞かれたような気になった蕾が「うわぁ!」と叫びながら両手をブンと降った。
「つ、蕾・・・?」
 全身ずぶ濡れになった東雲がポカンと口を開け、こちらを見ていた。
「あっ・・・」
 思わず湯をぶっかけてしまった蕾がほんの少し済まなさそうに顔をしかめた。
「やれやれ・・・」
 と溜息をつきながら、東雲は濡れた着物を脱ぎ、近くの枝に掛けた。そしてブルッと身震いした東雲に
「お前も入れ」
 と蕾が言った。
「えぇっ!?」
 驚いた東雲が振り返ると、申し訳なさそうな表情の蕾が目線を逸らしていた。
「そのままでは風邪をひいてしまう。着物が乾くまでお前も浸かっていろ」
「え、でも・・・ックシュ!」
 小さなクシャミをしながらも、
『女性と同じ湯に浸かるなんて、しかも蕾とだなんて、それはまずい。非常にまずいよ』 と、一人赤面し困惑する東雲に蕾は更に湯を浴びせかけた。
「早く入れ」
 とうとう下着までびしょ濡れになった東雲は、ついに観念し、
「わかったよ。脱ぐからあっちを向いてておくれ」
 と恥ずかしそうに答えた。
 大人が5人程入って少し余裕のある大きさだったので、蕾が背中を向けると暫くして東雲が湯の中に入ってきたのがわかった。
 背中合わせの二人は完全に固まっていた。

 ちょっと軽率なことを言ってしまったか、と少々後悔しながらも、蕾は東雲のことを意識すると、どうしても下界でのことを思い出してしまうのだった。
『私はいつからこいつのことをあんな風に思い出したのだろう。親同士が勝手に決めた許嫁と反発したものの、本当は心のどこかで嬉しかったのではなかったか?だけどそんな気持ちにすら気付かず、素直にこいつを受け入れることができなかった。確かに、初めて会った日に私もこいつのことを見ていたのは事実だ。でもそれを知られるのが嫌で、自分の気持ちを認めるのが恥ずかしくて、ついついこいつを殴ってしまってた・・・。それでも気がつけばいつもこいつのことばかり考えていた。頭から離れなくなっていた。それが好きという気持ちだったのか?わからない・・・。わからないけど、私の東雲に対する気持ちに聖剣は応えてくれた。もう、認めざるを得ない。・・・でも今更言えるわけない。お前が愛しい、と。そしてお前に触れたい、触れられたい、などと・・・』
 一人悶々と考えを巡らせるうちに、温泉のせいなのか、気持ちのせいなのか蕾の体は足の先から頭の先まで真っ赤になった。

 逆に東雲は今の状況に深い溜息をついていた。
『こんな狭い温泉で、背中合わせながら蕾と二人で湯に浸かるなど、いくら私でも理性が保てるかどうか不安だよ。まあ、万が一私の箍が外れても、蕾の方が強いからきっと殴り飛ばされるんだろうけど。・・・ははは』
 と東雲は小さく苦笑した。その時、
 つい、と自分の背中に蕾の背中があたる感触に東雲の体は硬直した。
「つ、蕾!?」
 思わず声が裏返ってしまった。
「ちょっともたれさせろ」
 そう言うと蕾の体重が東雲の背中にかかった。
『ま、まずいよ蕾~』
 東雲は思わず両手で股間を押さえた。

「蕾・・・?」
 しばらくして、幾分気持ちが落ち着くと、沈黙に耐えられなくなった東雲が、ぽつりと言った。何か話さなければ、と。
「ホントにごめんよ」
「何がだ?」
「私がヘマをしたばかりに君に大変な傷を負わせてしまった・・・」
 少々元気のない声に、蕾は慌てて答えた。
「何度も言うようだが、お前のせいではない。・・・それに、お前のおかげで露珈が現れたのだし」
「そのことなんだけど、私のおかげっていうのはどういう意味なんだい?」
 蕾が目覚めたとき、怪我を負わせたことを詫びた東雲に蕾はそう言ってくれた。それはただ単に自分を庇い、励ますためだけの言葉ではないと密かながらに感じていた。そしてそれが自惚れでないことを願いつつ、言葉の真意を知りたいと思っていた。
「そ、それは・・・」
 それは愛する者を、東雲を護りたいという一心からの事だったが、いつも東雲の優しさに反発し、殴る蹴るの暴行を加えていた自分に、今さら愛の言葉など言えるはずもなく、蕾は鼻の辺りまでぶくぶくと湯に浸かった。
 いっそここでうち明けてしまったほうが良いのだろうか。しかしどんな顔をして言えというのか。いや、今なら顔を見なくて済む。赤く染まる頬も湯のせいにできる。短絡的にそう思った蕾は、湯から顔を上げるとひとつ小さく深呼吸した。
「それは・・・お前を護りたいと思ったからだ!・・・何を失っても・・・この命にかえてでもお前を失いたくない、と強く思った。そしたら露珈が現れた・・・」
「え?」
「あの時、初めて自分の気持ちに向き合えた。どれだけお前が私にとって大切な存在なのか、思い知った・・・」
「そ、それはもしかして・・・」
 驚いた東雲が少し振り返った。それに気付かず蕾は話し続けた。
「私はお前に優しくされればされるほど、素直になれなかった。親に決められた許嫁と反発してはお前を殴りつけた。それでも優しいお前に、私はどうしていいのかわからなくて・・・。だけど気がつけば私の心の中にはいつもお前だけがいた。日ごとに募っていくこの気持ちが何なのか、わからなかった。けど、あの時全部気付いたんだ。私はお前を・・・」
 蕾はうつむいた。東雲はその先の言葉を鼓動を高鳴らせながら待った。
「私はお前を・・・」
 蕾がゆっくりと振り向いた。当然目が合った。
「∞<☆△※!!」
 まさか東雲がこっちを向いているとは思わなかった蕾は、恥じらう顔を見られたショックで声にならない悲鳴を上げながら、無意識のうちに右のストレートを繰り出していた。
 バシャ!と東雲が湯に沈んだ。
「蕾~!!」
 左の頬を押さえながら浮上した東雲に、蕾は後ずさった。 
「卑怯だぞ、東雲!」
 顔を真っ赤にしながら蕾は叫んだ。
「ご、ごめんよ蕾」
 なぜ自分が謝っているんだ?と疑問に思いつつ、湯の中ということを忘れ、思わず一歩にじり寄った。
「あ・・・」
 ビクッと身を震わせた蕾に気づき、一歩下がった。
「蕾、お願いだ。続きを聞かせておくれ。君は私を?」
 蕾は顔をそらし、きつく唇を結んだ。
「蕾?」
 東雲が湯煙の向こうで優しく微笑む。
 東雲は自分の言葉を待っている。まるで見透かされているようで言いたくなかったが、言ってしまいたい気持ちも確かにあった。言って楽になりたい。自分の想いを伝えたい。
蕾は意を決したように東雲を真っ直ぐに見据えた。
「私はお前が好きだ!お前に触れたいし触れられたい!!」
「好きだ」で止めるはずが、勢い余って本音の本音を叫んでしまい、思わず両手で口を覆った。顔に火がついた思いがした。
「蕾・・・」
 東雲は嬉しそうに目を細めた。
「・・・あの時、お前を失いたくないと強く思ったんだ。お前が愛しいと、初めて気付いたんだ!」
 言ってしまったついでとばかりに、蕾はさらに白状した。
「多分、初めてお前を見たときから私は、お前に惹かれていたのだと思う。だけど私はこんな性格だ。自分の気持ちに気がつくのにこんなに時間がかかってしまった・・・」
「そんなことはないよ。蕾、君はずっと私を見ていてくれたんだね。君の本当の気持ちを知ることが出来てうれしいよ」
 いつの間にか、東雲がちょっと手を伸ばせば触れられるほどの位置ににじり寄っていた。
「東雲・・・」
 蕾は恥ずかしそうに、少しうっとりとした眼差しで東雲を見た。
「触れても・・・いいかい?」
 東雲が微笑みながら首を傾げた。
「ん・・・」
 蕾は小さくうなずいた。
 東雲は両手で蕾の頬を包み込むと、そっと自分の方を向かせた。微かに震えているのがわかり、それが尚更愛おしさを増す。
「好きだよ、蕾・・・」
 東雲の唇がそっと蕾に重なった。たちまち森の香りに包まれた蕾は一瞬我を忘れ、体を東雲に密着させると背中に腕を回していた。東雲の手も蕾の頬から離れ、強く引き寄せるように肩を抱きしめた。そして片手が背中から腰、臀部にと触れた感触で蕾の目が覚めた。
「ちょっと待てーっ!」
 両手で勢いよく突き飛ばされ、東雲は吹っ飛んだ。蕾は両手を交差し体を隠しながら、真っ赤になった。今更ながら、自分たちが裸であったことに気付いたのだ。
「ひ、ひどいじゃないか、蕾~。背中に手を回してきたのは君のほうだろう」
 溺れそうになった体を立て直し、更に岩に打ち付けた体をさすりながら東雲は訴えた。
「そこまで許した覚えはないー!」
 肩まですっぽりと湯に浸かり、蕾は叫んだ。

「それにしても蕾、君って、存外というか、やっぱりというか、結構小さ・・・」
 自分の体に当たった感触を思い出しながら手で形作り、にこやかに言う東雲に、無言の右ストレートが炸裂した。
「上がるぞ!」
 湯にプカプカと浮かぶ東雲を尻目に蕾は湯から上がると、体を拭き、新しい着物に着替えた。
「ああ、待って。新しい包帯を・・・」
 と、慌てて東雲も上がり、身体も拭かずにまだ生乾きの着物を手早く羽織った。

 やわらかい草の上に座り、東雲は丁寧に蕾の傷に薬を塗ると、包帯を巻き付けた。そっぽを向いている蕾の顔をチラと見た。湯にのぼせているせいか否か、未だに顔の赤みは消えていなかった。
「蕾、こっちを向いて」
「?」
 ふと顔を向けたと同時に再び唇をやわらかく包まれた。今度は長く、そして深く。唇が離れた後、少し戸惑う蕾に東雲はいつもの優しい微笑みを投げかけた。
「愛しているよ、蕾」
「わ、私もだ・・・」
 もう自分の気持ちを偽る必要はなかった。そう思うと、素直な言葉が口を衝いて出るような気がした。
 照れくさそうにうつむく蕾の顔を上げさせ、東雲は三度唇を重ねた。

 木漏れ日が湯煙をキラキラと光らせながら、そんな二人を優しく包んでいた。


 後日、打ち身に泣く東雲が、風邪をひいたのは言うまでもない。

おわり