ka-rin-blog.cocolog-nifty.com > others

Take Over

Take Over


 -地球人類ノ歴史ニ一切関与シナイコト
   輪所有者トノ接触ハ避ケルコト-


 この二つの条件のもと、那由他たちは遥かセナルザイラーの地を離れ、懐かしい地球に降りたっていた。那由他の横には、白いTシャツにジーンズ姿の、長い髪を後ろで一つに束ねた青年、キロが立っていた。太陽系の”場“より脱出する際,その本体をなくし那由他と精神を融合させたはずのキロ。今はセナルザイラーの技術によりつくられた仮の体-と言っても、以前のキロの姿となんらかわりのない、要するに以前のキロと全く同じであるその体-にキロの精神は融合されている。そして今一人、キロとおそろいのTシャツとジーンズに身をつつみ、人差し指でメガネを鼻の上に押しあげている青年、リョータローもまた、セナルザイラーによってつくられた仮の体にその精神を収めていた。しかし彼らは常に三人で一人であった。そしてそれゆえにこの地であっても彼らは輪を必要とはしなかった。

「どう?何か感じる?」
 何やら大木の幹に手を当て、考え込んでいる那由他にキロは話しかけた。
「ううん…何も…意識が閉じちゃったみたい。眠っちゃったのかしら」
 いくぶん伸びた前髪をかきあげながら那由他は答えた。

 数日前のことだった。
 黒曜石のような宇宙空間を漂い、遥かセナルザイラーの地へ届いた不思議な意識があった。深い悲しみと戸惑い、それでいて何よりも澄んだ清らかな意識。それを感じとった那由他は。その意識に導かれるままこの青い惑星に降りたつことになったのだった。
『こわい…!たすけて!!』
 意識ははっきりとそう告げていた。そしてその発信源はまさにこの桜の老木であった。

 高層ビル群が空を隠し、造られた緑が規則正しく歩道に並んでいる。硬いアスファルトの上を廃棄ガスをまきちらかしながら車が行き交う。重い空気の中を鳥たちが漂い、学校帰りの学生たちは平和を象徴するかのように笑っている。最近新しく出来た、マンションのかたすみにつくられた児童公園には子供の声はなく、来る者を拒むかのようにロープがはりめぐらされ、『立入禁止』の札がぶらさがっている。
 まだ真新しいすべり台やブランコ。そばには桜の老木が一本植えられていた。
 季節は夏。青い桜の葉が風もないのにゆれている。
 三人は桜の木とのコンタクトを諦め、そばにあったベンチに腰を下ろした。
「でも、なんでこんな桜の木がセナルザイラーの地まで意識をとばしてきたんだろう」
 リョータローは灰色の空を見上げながらつぶやいた。
「だいたい輪所有者でもそんなこと、できないはずだ」
 そう言ったのはキロだった。
 彼らは三人で一人だった。それゆえに太陽系の場を逃れ、「外」へ出ることができた。なのにこの桜の木の意識は彼らのもとまで飛んできたのだ。
「純粋…だから?」
 まるで桜の木に話しかけるかのように那由他はつぶやいた。
「タイムリミットは25時間。あといくらもないよ」
キロが公園に備え付けられている背高のっぽの、まるでこの公園内だけの、特別な世界だけのために作られたかのような白銀の時計を見て言った。

『こわい…!だれか!!』
突然、何の前触れもなく聞こえてきた少女の叫び声に似た意識が三人の頭の中に響いた。
 その時だった。
「アザドーのUFOだ!」
 空を見上げていたリョータローがその一角を指差した。那由他とキロが驚いて顔を上げたとき、リョータローが示すその先には見覚えのあるアザドーのUFOが数機、遥か東の上空に現れた刹那であった。
「どこかのテリトリーが襲われてるんだ!」
 目を細めながら、キロもその方向を見つめた。
「ちくしょぅ…!」
リョータローは拳を強くにぎりしめると、とっさに一人で跳ぼうとした。
「リョー…」
 少し悲しそうに、けれども笑顔を浮かべて那由他はリョータローの二の腕をかるくつかんだ。
「あ…」
 気持ちは一緒だった。それは誰よりもわかっていたはず…。なつかしい地球…。この地を離れて一体どれ程の時間が経ったのだろうか。彼らにはもうこの地球の歴史に干渉することは一切許されていない。もちろん輪所有者とアザドーとの戦いにもだ。
 リョータローが那由他の笑顔に答えた時だった。最初、気のせいかと思ったのだが、バランスを崩し、しりもちをついて初めてそうだと気がついた。大地が揺れているのだ。あの悲しそうな意識に同調するかのように。そして眠っていた桜の意識が…。
「なに、これ。なにがおこったの!?」
 ブランコのポールにしがみつきながら、那由他が叫んだ。大地は大きく、小さく、隆起し、つかまるものがなければとうてい立ってはいられないほどであった。
『やめて!おねがい!…だれか…!!』
 桜の木から発せられる意識…声は次第に大きくなり、灰色に染まった空に雷鳴のように響いた。
「もしかして、輪所有者たちとアザドーの戦いに同調してるの!?」
 その悲しみと恐怖に満ちた意識を発する桜の木を那由他は呆然とみつめた。意識は一向に衰える様子をみせなかった。
「だめ、おちついて!大丈夫だから!!」
 意識の振動に、いつしか那由他は桜の木にしがみつき、まるで怯える子供をなだめるかのようにうったえた。
「輪所有者たちが苦戦してる。アザドーのほうが強い!あと二人…ああっ…!」
 バランスを崩しながらも、東の方角を透視していたキロが力なくつぶやいた。
『こわいの!!』
 ジャングルジムが傾き、すべり台が横倒しになった。揺れはますますひどくなるばかりだ。しかし、どうやらこの騒ぎはこの公園内だけの出来ごとのようであった。公園のそばのマンションのベランダではこの騒ぎに気付いていないのか、のんびりと植木に水をやっている主婦がいたし、その前を自転車で走り抜けていく中学生もいたからだ。公園の入口にかけられた『立入禁止』の札のゆえんであった。
「だめよ、お願い!大丈夫だから!」
 那由他は必死に桜の木をなだめようとしたが、その悲しみの意識は増すばかりであった。
「ダメ、なんて大きな悲しみなの。このままじゃ心がこわれてしまう…!」
 那由他はキロとリョータローの方を振り返った。するとそれが合図でもあったかのように、二人は桜の木に近づき、それぞれの手を木の幹へとあてた。
 三人の体からゆっくりと白い光が発せられ、彼等の姿が蜃気楼のようにだぶり、重なった。
 今、三人の意識は那由他を中心に一つになっていた。辺りの騒ぎなど、もう一切感じなかった。
「なぜ泣くの?あなたは誰?何がそんなに悲しいの?」
 いつしか那由他たちの意識は桜の木の中へと吸い込まれていた。
 ぼんやりと白く濁った乳白色の空間。広いのか狭いのかもわからない。その中に赤ん坊のように蹲っているものを那由他はみつけた。人間の少女であった。老木が発しているかと思われたその意識は、はたして人間のものであった。それも、那由他とあまり年のかわらぬ少女のものであった。
 那由他が近づこうとすると、それを拒むかのように少女の回りの空気がはじけ、パァッと鋭い光を放った。
「こわがらないで。わたしは那由他。あなたは誰?」
 那由他は再び話しかけた。やわらかい那由他の声に、少女はゆっくりと顔を上げ、泣き腫らした瞳を那由他に向けた。
 腰までのびた黒髪がサラリと流れた。
『…未来(みく)』
 しゃくり上げながら未来は答えた。
「このままじゃあなたはこわれてしまう。気持ちをおちつけて…そう、きっとわたしたちはあなたに一番近い人間だと思うから…」
 那由他は両手を広げ、笑顔をつくると自分の心を未来に向けて解放した。未来は驚き、しかしそのあたたかさに導かれるまま、そっとその手を取った。とたんに未来の意識、記憶が那由他の中へと流れ込んできた。

『わたし、一人でこわかったの…。小さい頃からわたしには変な能力があったわ。みんな超能力だっていうの。人の心がわかったり、物を動かせたり…。一年ほど前、変な輪をはめた人たちに遭ったわ。輪所有者…、アザドーという宇宙人と戦ってるって…わたしも仲間になってほしいって。わたし、断ったわ。だってそんな簡単に決められるような、決めちゃいけないことのような気がしたから。でも、次の日、お父さんもお母さんも、わたしの大切な人たちがみんな殺されたわ!アザドーに!!わたしは輪所有者たちに助けられて…でも彼らは追ってきた。そしてみんな殺された。わたしも殺されそうになって、自分でも知らないうちに能力を使って…気がついたらわたし一人だった。こわくって、どうしたらいいのかわからなくって、そんな時、この桜の木がやさしくしてくれたの。わたしを守ってくれたの。わたしはこの木の中で自分を育てたの。本当のことが知りたくて。なぜ彼らは戦うのか、なぜみんな殺されなきゃならないのか…知りたかったから…。わたしの意識は木の幹や枝、葉をかりて宇宙にまで伸びることができたの。火星、木星、…そして冥王星へ…なんだか無限大にまで伸ばせそうな気がしたから…』
 那由他の体がピクリと動いた。
『そして輪所有者たちとアザドーの戦いのことを知ったわ…そしてわたしの意識はさらに遠くへ伸びたの…』
 未来は那由他の腕の中でそっと目を閉じた。
「まさか…!輪なしですべてを知ったと?」
 言ったのはキロだった。
「もしかして、彼女を取り込んだ桜の…植物の意識が俺たち人間よりも純粋だから?」
 リョータローは眩しそうに那由他に抱かれている未来をみつめた。
『わたしには輪所有者もアザドーも殺すことができなかった。何もかもがこわくて、悲しくて…勇気がなくてずっと桜の木にしがみついていたの。でも、もう泣き疲れた…』
 那由他が発する暖かさか、すべてを話した安堵感からか、未来の意識は落ち着きをみせ、声はだんだんと小さくなり、消え入るろうそくの火のようであった。
「あなたはきっとやさしすぎたから…でももう大丈夫。最初からやり直せばいいの。悲しい記憶に打ち勝てるように…あなたなら大丈夫。わたしたちと行きましょう」 那由他の腕の中で、まばゆい銀色の光がほとばしった。そしてその光がすっかり消えてしまった後…那由他の腕の中には、一人の赤ん坊が抱かれていた。
「一緒に、行こうね…」
 那由他は自分の腕の中ですやすや眠る赤ん坊の顔に頬をすりよせた。赤ん坊の柔らかい頬に一粒、あたたかい滴が落ちた。

 桜の葉が揺れた。季節は夏だというのにその枝には淡いピンクの花が満開に咲き乱れていた。

 三人はさきほどの公園、桜の木の横に立っていた。
「今もどこかで、輪所有者たちとアザドーが戦っているのね」
 那由他は揺れる桜の木を見上げた。
「ああ、真実を見つけるためにね…」
 リョータローがつぶやいた。
「タイム・リミットだ」
 キロに促され、那由他は再び彼女を守り、なおかつその意識を導いた桜の木に触れ、言った。
「ありがとう」
 なごりおしそうに、そっと手を離すと、一歩後ろへ下がった。その横にキロとリョータローが従った。


 四人の体は、徐々に白い光に包まれ一つになった。次の瞬間、その姿はなく、ただ桜の花だけがやさしく風に揺れているだけだった。


END