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ONE DAY

ONE DAY

 これは、とある日の、とりとめもない出来事である。

 その日の朝はとても爽やかだった。晴れた空、早朝の澄み切った空気。しかしその空気も、次第に混雑する人の波に少しずつ色を変えていく。
 通勤、通学ラッシュが始まった。
 とある公園近くの歩道を走って、通学を急ぐ男子生徒約一名。その後を追うように女生徒も駆けて来る。高輪家の姉弟であった。
「早くしないと遅刻するよー」
と弟に急かされ、姉は息急き切って駆けて来る。
「ささめちゃーん、こっち向いて、ハイ、笑ってー」
公園の片隅では、モデルが数人集まり、早朝の街並みをバックに何やらスチール写真を撮っていた。「ささめ」と呼ばれた人物は、無理矢理この場に連れて来られたのか、眠そうな目をこすりながら仕方なくポーズをとっていた。
 高輪姉弟はそんな風景にも目もくれず、ひたすら学校への道を急いでいた。
 街は徐々に活動を始めていた。

 時計の針が10時を1秒だけ回った。すると自動シャッターがガラガラと上へ持ち上がり、待ち構えていた男達が店の中へとドーッと雪崩れ込んだ。
「あれま、また多紀ちゃんかい。今日は商売上がったりだね」
笑いを含めてパチンコ店の女主人は目の前の端正な顔立ちの青年に溜息をもらした。
「まあ堅いこと言わずに、ちょっと遊ばせてね」
と女主人の肩をポンポンと叩き、店内へ入って行った。
「やれやれ」
と苦笑している女主人の前を”多紀“に負けず劣らず端正な顔立ちの少年が二人、通りかかった。一人は眼鏡をかけている。見た感じは学生だ。ということはエスケープか?いやいや、この二人は只今勤務中の身なのであった。ただし、内密の。
 十夜とお嬢、この二人が今関わっている事件の何らかがこの近所にあり、それを今調査しているところであった。女主人は通りすがりの二人に何の興味も示さず、店の中へと入っていった。

 黒髪の小柄な少年が、ウインドー越しのテレビに見入っていた。ブラウン管の向こうには、人気アイドル歌手、田島久美がいた。
「何やってるんだちはや、行くぞ」
前方で、少年の連れと思われる金髪長身の男が声をかけた。
「あーっ待って、影艶」
そう呼ぶとちはやは影艶に駆け寄った。そんな台詞を背中で聞きながら、肉屋で買い物をする少年がいた。時間は昼間をとっくに過ぎ、3時を回っていた。主婦にとっては買い物時か、少し早いくらいの時間帯であった。
「牛肉スキヤキ用五百グラムとあと…ネギとトーフ」
メモを見ながらブツブツと確認する。
「ちょっとでも安くて美味しいやつを買ってこないと、由美がうるさいからなぁー。柴ちゃんこまっちゃうーっ」
買い物かごを下げながら、自ら柴と名乗った少年は八百屋に向かって歩き出した。アンティーク調な装丁の喫茶店の前を通った。ガラス越しに、髪の長い女性が、オレンジジュースを飲んでいるのが見えた。かなりイライラしている様子もわかった。待ち合わせでもしているのだろう。柴は更に三歩歩き、喫茶店の入り口を素通りしようとした。擦れ違い様に一人の少年がその喫茶店に駆け込んだ。
「怒ってるだろな、桜」
偶然聞こえた台詞に柴は思わずほくそ笑んでしまった。

「チビちゃん、いい子だからお家に帰って待ってて?」
喫茶店の三軒隣の花屋の前で、女の子が子犬に言い聞かせていた。しかし子犬は頑として動かず、店先に「自分も店番してます」と言わんばかりに座り込んでいた。
「ありすちゃん、おとなしくしてるんだから別にいいんじゃない?」
バイト先の花屋の主人は優しく言った。
「でも…」
聞分けのない子犬の顔を口元からムニッと引っ張りながら、ありすはなんとしても子犬を追い返そうとした。
「チビちゃんはありすちゃんの側にいたいんだよねー」
花屋の主人はニッコリと子犬に笑いかけた。
「わん!」
子犬は鳴いた。
「あーあ」
ありすは呆れ、子犬は全身で喜びを表現すると、花屋の主人に尻尾をふった。

 街も黄昏時になった頃、家々から温かい匂いが立ち込めはじめた。明りの下では楽しそうな笑い声が幾重にもこだましていた。今日一日、平和であれたことを喜んでいるかのようだった。


 これは、とある日の、とりとめもない出来事であった。

おわり